2009年7月4日土曜日

あきらめていたのに芽が出ました

郷里に野生の猿が生息している豊かな山があります。標高300m以下には普通の白く実が開くアケビも自生しております。山の頂上付近は熟しても実が開かないムベ と呼んでいる木質の蔓をもったアケビが多かった。 しかし人家から離れた場所にあるアケビの蔓に熟したアケビの実がなっているのは見たことがありません。秋の熟したアケビの実はお猿さんには大変な御馳走で熟する前にすべて食べられてしまいます。それほど野生の猿とアケビの実は縁が深いのです。
渓流釣りをしていた頃大きな山越えをしないと入渓できないヤマメの多そうな渓流を狙っていました。夏のシーズン中はどうしても山越えのけもの道の入り口が分からず秋になって地元の人に聞いて林道から見えにくい入口を見つけたのです。翌春のシーズンに備えて魚影の量の確認とルートの確認のためそのけもの道を上っていました。けもの道から離れた場所にコブシの花のようにぱっくりと開いたアケビの実を見つけました。猿のいる山でどうしてアケビの実があるのだと思って、蔓の巻きついている木に近づくとようやく合点がいきました。30個ほどの熟した実をつけているアケビの蔓は細かい棘が密集したタラの木に巻きついていたのです。猿はこの棘を嫌がったのに違いなくアケビの実を取ろうとすると必ず手足に鋭い棘が刺さる仕組みになっています。タラの木のおかげで30個ほどの実は代わりにいただきました。
2008年2月と2009年2月22日にこの場所5cm程の地中に10cm程の一本の根を植えました。2008年のは夏まで待っても地上に何の変化もありませんでした。枯れたのです。2009年2月22日埋めたのは5月2日に2ヶ月少しでついに地上に芽を出したのです。日本の野山に自生する山菜の王様、民間療法でその根を煎じたのを飲むと血糖値を下げるとかいう植物です。熱帯のグァヴァではありません。タラの根です。

このタラの木は商品袋の能書きによると品種改良して棘のないタラの木だそうです。タラの棘は猿だけでなく私も嫌いです。皮膚に刺さると折れて中に残るからです。直径3cmほどの太さになるには3年ほどかかるそうです。芽が出た以上は山でも育つタラの木のことですから大きなタラの新芽を天ぷらにするのが楽しみです。機会があれば成長の度合いをまた書きます。

2009年6月13日土曜日

墓地に生えていた苔が燃えました。ご先祖のお言葉でしょうか

 まだ墓石もなく当然、入魂式、建碑開眼法要を済ましていませんが墓地だけでも遊びに来ていただけるようローソクと線香でご先祖にお知らせしております。ガラス製のローソク立てを買うまでは紙を巻いた風対策用のローソクです。前回お祈りと清掃した後ローソクが地面すれすれまで短くなり炎が風で揺らいだとき北側、写真では右の仮仕切りのロープの方向まで地面が燃えだしたのです。地面には地衣類か苔が生えており胞子をつけています。当然生きているのです。地面からロープに燃え移りさらに大きくなろうとしたとき、止めてくれと心で叫ぶとそれ以上燃え広がらなくなりました。あとは手で消しました。炎の色はローソクとは違っていました白に近い黄色で煤がなかった。純度が高い炭化水素、100円ライターの炎のようでした。
 どうして水気のある生きた苔と地面が燃えたかです。理屈は燃えるものがあったからでしょう。 下の赤の斜線で囲った部分が少し盛り上がっていて他と違うのです。ステンレスのヘラで剥がすとチョコレートの板のように固まっています。善意で考えますと墓地を管理している石屋さんが雑草などが生えないように何か有機物のようなものをまいたのと思われます。そして苔も何かしらの栄養があるのかここだけに生えています。 左側の白っぽい大部分には餌がないのか苔はありません。
 下の写真は赤い胞子をつけた苔です。もうひとつ燃えた理由を宗教的に考えるとご先祖様がこの土と苔を嫌がったとも考えられます。吉相墓などのネット情報を読むと墓石に苔が生えるのが吉とはどこにも書いていません。不幸が起こるとか皮膚病になるとか書いています。そこで居心地よく来ていただけるように赤い斜線の表土をすべてステンレスのヘラで取り除きました。

ジャガイモのリサイクル(収穫)

 予想通り6月に入り葉っぱが黄色くなり枯れ始めたので芋を掘りました。 新聞紙の上にあるのが今日掘ったもの、ボールにあるのが先週掘ったものです。時間をおくと皮が厚くなるようです。種類は北海道産のジャガイモをリサイクルしたものです。今年1月に芋を土に植えたものです。かなりふぞろいのジャガイモです。もっと小さいのがありましたが潰して肥料になってもらいます。次は12月に植えるつもりです。今度こそは芽が出た直後に芽かきをします。鮮度が落ちないうちに茹でて食べます。2月に植えた種イモはまだ掘っていません。毎日茹でたのを食べていますがかなりの量が収穫できそうです。
 2か月分でしょうか。ケヤキの落ち葉と畳のワラの完全有機栽培です。味にくせがありません。甘味は売っているのと同じでしょうか。しかし鮮度が違います。

2009年6月7日日曜日

新宿西口駅前手相占い師の一言

 もう10年前でしょうか。すっかり暗くなった新宿西口駅前を歩いていると10人ほどの占い師がいました。昨年は西口が工事が多く占い師も3人ほどでした。見料が残っているのを確認して一番経験が長そうな大柄の女性に声をかけました。
その手相専門と宣伝していた方に見料を払うと手のひらを見ると同時に言われました。「多くのご先祖がしっかりあなたを護っています。強いご加護です。安心して下さい」忘れられない言葉です。お言葉が「有力な先祖がいました」ならすぐに忘れたでしょう。護るとは動詞です。意思をもった生き物に使う言葉です。人間死ねば頭で考えることができない。死んでしまえば何も考えられない。意志などあろうはずがない。第一自分の先祖を見たことがないのです。ローソクの火と虫めがねを使いながら「最近浪費しています。それは後1年以上続きます。心当たりがあるでしょう」その夜も並木通り8丁目で着物を着た売上さんの見え透いたお追従でいい気分になっていた帰路でした。確かに浪費しているのは当たっています。お見立て通りです。あといろいろ教えていただいたがもう忘れました。
 当時は全く気になりませんでしたが、ご先祖様の強いご加護とは何を根拠にそんなことを言われたのか最近手相の本で調べると手のひらの一番下手首のすぐ上を地丘と呼びここが高くどっしりしていてこの付近の線が太く深い。中指の付け根に延びる運命線がこの地丘から出発している運命線を持つ人はご先祖の加護が厚いそうです。私の運命線は確かにそうなっています。
 今まで振り返ると交通事故、岩場からの転落、水難などで何度か棺桶に入るチャンスがあった。現在プログを書いているのは運良くピンチをかいくぐってきたからにほかありません。今の家購入を見送ろうかと考えたとき確かに何者かに導かれたような記憶もあります。もしご先祖が今まで自分を守って下さったなら当然お礼をしなければなりません。自分のご先祖の御霊なるものが実在すると仮定すれば、この占い師を通して、「俺たちはお前を護っているんだよ。しかるにお前の行状は運は自分で切り開くものなどと思いあがり、実家の法事には参列しない、墓参りもしない。少しは我々への報恩の念を持ってもいいのではないか」などと言わせていたのかも知れません。お目にかかったことがないので実感はないのですが、自分のご先祖の御霊なるものを意識した最初でした。

2009年5月23日土曜日

汗の匂いがしないお金を土に埋めるとチラリと浮かんだことが現実になりました

売り時を逃して悲惨な幕引き2009年3月売買記録からの続きです。購入代金より半分近くになったお金ですが、使い道はいろいろあります。新車の購入、以前のような海外旅行、取り返すために証券会社に買い注文を出す。これは一瞬で使えます。今から思い返せばお墓建立のやる気は5%から10%でしょうか。新車、旅行、投資これらは楽しい見返りが期待できます。梨地模様の中山砥石、京都の砥石店で50万円以上しますがこれを最後にするつもりで欲しいのです。見返りは研いだ直後の食材への刃の食い込みです。一度経験すると悪い薬のように病みつきになります。こうした物はいるもの必要なものでなくあればいいなという程度のものです。バブルの頃どうだとばかりに思い切って手に入れた新車の感触もそうです。こちらの意思が静かに伝わる乗り心地などは忘れられないほど快適なものでした。お墓はというと陰気なイメージでお祈りすれば楽しい音楽や小銭が出てくる訳でもありません。周囲は大きな石ばかりで冬の寒気、夏の熱気を物理的に強調する環境にあります。竹林と同じく水たまりが多い墓地は夏の夕方は蚊が多いかもしれません。亡父の納骨以外お墓に行ったことがないので蚊が多いとは想像に過ぎません。新仏がないお墓建立に踏み切れなかったのはこうした事情です。 確かな見返りが期待できないのです。
 心の片隅でお墓のことを考えた時から新聞の折込のチラシで家から数キロの霊園が毎日のように目にするようになりました。その目玉商品(一番安いお墓より50万程安い)は手が届く金額なのです。週単位で心の中にお墓のイメージが成長していったようです。取り返しがつかないことですが、生家を出て以来、実家の法要に一度も参加していないのです。私が参列しない言い訳のために実家の家族が肩身の狭い思いを何度もさせたことが繰り返し思い出していったのです。そしてお墓を考える機会が増えていきました。お墓のことを思い浮かんだ日以来、毎朝の通勤でも遮断機が下りた踏切に近づくと上がるとか、赤信号に出会わなくなりました。仕事でもトイレに行ったタイミングなどで自分に嫌な仕事が廻ってこなくなりました。3月の末にはパソコンでこれができたらどんなに楽になるかというアイデアが浮かびました。とうとう朝から雨なのに霊園に行ってみたくなり車をガレージから出そうとすると薄日が差していました。霊園では傘を差さずに見学できました。3月ごろは一対で6万円のローソク立てがサービスでしたが、現在はローソク立てがチラシから消えていたのでそれを聞くとセールの時期は過ぎたが購入していただけるならサービスしましょうとのことでした。こうした幸運の事象が墓と因果関係があるかはわかりません。関係がないと言われれば反論できないのです。とにかく遮断機の上がった踏切、青信号の交差点が続いているのは事実です。
 下の写真はまだ3段の石がない縁石・巻き石だけの特売品の墓地です。左がまだ所有者が未定、右のプレートのあるのが売却済みでしょうか。特売品で面積の狭いのは仕方がないでしょうが、耐えがたいのは左の完成品の右端を見てください。石がフタをして地上に露出した赤土が全くないのです。

完成品の前面もそうです。境界の縁石・巻き石を土台の板状の石が完全に塞いでしまう構造です。もし先祖の霊がありこれに宿るというなら夏は蒸し暑く冬は極寒、密閉状態ですから息苦しい限りです。墓地を管理する石屋さんに土台を小さくして地面を出せないかと相談すると墓石の規格を変えるとこんな値段では提供できませんとのこと。あと50万円以上出せば少しだけ赤土を出せるランクのお墓がありますとの返事。

 最後の写真がずいぶん悩んでから購入を決めた赤土が露出できる墓地です。左の完成したお墓の白黒の玉石を敷いた部分が欲しかった赤土の部分です。左右両側にある煙草の箱ぐらいの土地が50万円とは銀座より高い。玉石は雑草が生えないために置いているそうですが私は雑草を管理するつもりなので不要です。霊園は家から車で10分の距離です。今までお墓参りをしなかったのを補うつもりです。おかげさまで現在自分は、南側が道路の家で、差し込む朝日で目が覚める部屋で寝ています。お墓も当然朝日が射し込むよう東面のお墓です。少し高かったのですが。

お墓を購入してからなんとなく心がどっしりしたようです。自分の感覚ですが性根が座った感じです。お墓とは生きている人の最後の心のよりどころのようなものでしょうか。

2009年5月11日月曜日

リサイクルで再生したハサミ(天然砥石の青砥で新品より切れるようになりました)

保存できる大容量のブログに変更してほしいのか一つの画面しか拡大してくれません。以前はクリックすると全部拡大してくれたのですが。(現在 1024MB のうち 100MB (9%) を使用しています。あと90%もあります。料金も安いしそのうちに有料にすることを検討中)そこで拡大表示してくれる確率が高い先頭に最後に置くべき写真を置きました。

ハサミのリサイクルの続きです。天然砥石の一種青砥がティッシュペーパも切れるほど切れ刃をつけてくれました。刃を研いでリサイクルするハサミは、紙専用の事務用ハサミではありません。刃金が軟らかいのでその後何かを切るとティッシュは切れなくなりました。刃物の切れ味の保持能力は刃金と焼きの状態であらかじめ決まっているのでどうしようもありません。青砥より更に目の細かい中山仕上砥石ならもっと切れますが刃金の軟らかいこのハサミには意味がありません。やはり刃物の切れ味を決定づけるのは刃物でなく砥石の能力です。
刃の裏を研ぎました。錆びは大体取れています。あとで気が付いたのですが尖った先端と刃の根元の間が平面ではありませんでした。中央部が窪んでいるのです。砥面が平面の包丁用の砥石では窪んでいる部分が完全には研げません。強くハサミの刃を砥石に押しつけましたが錆びの跡が黒い点となって残りました。平面ではなく和包丁の裏面の汚れ錆を取った幅の狭い砥石をかまぼこのように凸面に加工して研ぐ必要があります。和包丁のリサイクル 御参照願います。次回のハサミの研ぎではあの幅の狭い少しかまぼこ形になった砥石を使ってサビを完全に除去する予定です。今回はこれぐらいにして。
 研いだ鋏の刃の裏面です。前述したしたように黒い錆びの痕が残っています。平面の砥石では、これが精一杯です。
刃の表は天然砥石の研ぎ汁で磨かれて研いだ部分が白く光っています。研ぎ面は平面が望ましいのですが平面砥ぎの失敗作である蛤刃でも十分です。切れ味から見れば天然砥石で研いだということの方がより重要です。油焼きの安物のハサミよ。お前にすれば、分不相応な天然砥石で研いであげた。ありがたいと思いなさい。最後の写真がリサイクル再生した鋏と刃をつけた青砥とその生命といえる青砥の研ぎ汁を洗わないで残しています。このハサミは薄い鉄板を切るためか刃金は軟鉄のように軟らかく研ぎ易いです。軟らかい分少々のことでも欠けないという刃金の粘りがあります。

ハサミを研ぐことは専門家の領域などでなく誰にでも出来るのです。ハサミ屋さんには申し訳ないですが、写真のとおり事実です。ただし簡単に分解できる構造になっているのが条件です。

2009年5月6日水曜日

やっとわかったこれまでの失敗の理由(ジャガイモのリサイクル)

 トマトの芽欠きは枝芽を取り一本立ちにするためトマトの実を収穫するために重要なテクニックだそうです。これは知っていました。でもトマトは何度も失敗しています。今日テレビで家庭菜園を農家から借りて農業専門家の指導を受けながら栽培するというシステムを紹介する番組がありました。ここでちらりと耳にしたのはジャガイモの芽かきという言葉です。ジャガイモの芽かきについての言及はなくすぐにその集合家庭菜園で採れた野菜がどんなに健康によくおいしいかという話題に移りました。どうやらジャガイモの芽かきはあまり公表したくないようです。気になってネットで検索すると種イモを植えてからジャガイモの芽がもっこりと数本出てきます。その数本のうち2本だけを残すそうです。同じナス科のトマトのことは知っていましたがジャガイモの芽欠きは知りませんでした。
 いわばジャガイモの葉っぱはでんぷんを作る工場です。地下の芋は製品の倉庫、根は原料調達でしょうか。工場の数は多いほど大量生産ができ倉庫に蓄えられる製品も多くなるはずです。その大事な工場である葉っぱを削減するなんて夢にも思いませんでした。工場を減らせば生産が減り倉庫も小さくなると何となく考えていました。写真より発芽の時期はとっくに過ぎておりそれは来年の課題として、問題は一か月余りとなった残された時間です。5月6月は女性の敵、紫外線が急激に多くなります。紫外線は波長が短く日光の中で一番大きいエネルギーがあります。光合成にはうってつけかも知れません。
 まだ遅くないと畑の畝を葉っぱで覆うようになってしまった一つの芋から出ている数本の茎を間引いて二三本にしました。密度が高すぎて茎が横になっているのを支柱で起こしました。すっきりしました。間引いた茎の一部は写真中央の一番奥に堆肥にするつもりで置いています。

知らなかったジャガイモの芽かきです。農業は奥が深い