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2017年10月29日日曜日

舌癌は完治と見なすという結果になりました。

2017年08月15日大学病院で頭頚部CTスキャンを実施しました。そして現在のお若い主治医のお望み通りレントゲンなどの画像専門医、画像診断医による今年2月のCTスキャン画像と8月分との比較突合をしてもらったそうです。因みに画像診断医による診断を受けたのは初めての経験です。転勤した執刀医のc先生はすべてご自分で診断なさっていました。2017年08月23日再度仕事を休み大学病院で、画像診断医が出した2月のCT画像と突合した結果の診断結果を聞きに行きました。もし頭頚部に癌再発していれば半年前のCT画像と半年後の8月の画像比較で不一致が出るから舌癌再発転移の確認ができるという理屈です。結果は〇で完全にCT画像が一致して再発なしとのご診断でした。思えば5年前、開業医は神技を使ったなどの助教授発言、神っている白昼夢、神がかりのような癌の発見、確定診断などありまして結果としては今まで命が助かりました。術後5年再発転移なしを迎えたのです。
 そして舌癌は完治とみなすというお墨付きを頂いたのです。先生曰く5年再発なければ90%以上の確率で再発しないのは統計上の事実ですが絶対とは言えない。今後体調で不審な点があれば遠慮なく来診して下さい。もうすぐ11月ですが癌再発なしは8月23日までは確かかもしれませんが、8月23日から今日までに気が付かない微小の癌が育っているのかもしれませんがキリがないので完治と見做すにして以降の予約はなくもう大学病院の耳鼻科を受診しなくてもよいわけですが、あとは厳しい自己責任による自己管理でしょうか。遠慮なく来診と言って下さいましたが今度は予約ないので初診5000円必要です。
舌癌告知時にお会いしたご先祖様の予言通りになったので、舌癌告知にご先祖様に教えてもらった癌は大したことないという白昼夢は、治りたいという強い望みからくる根拠のない自作自演の幻覚なのではなく、まさにご先祖様のお告げだったということでしょうか。
 完治と言われても10%の再発率があるし今も舌癌手術時に飛び散った癌幹細胞が私の免疫が弱るのを待っている状態で、おとなしく分裂しないで免疫に見つからないように息を潜めているのかもしれません。完治と言っても当然、舌癌罹患経験がない人より再発発症のリスクが高いわけですので私にとっては、舌癌は注意すべき生涯の敵です。

2017年9月6日水曜日

舌癌告知時の白昼夢は自分がそうありたいとの願いが脳に作らせた映像、自作自演の幻覚ではないか

2012年2月 舌癌告知後、CTスキャン予約などを決めて主治医の部屋を出て帰りの電車の中、最初に考えたのは自分は助からないかもしれない、この病院で再発転移により一生を終えるんだなどと悲観的な想像ばかりしていました。そんなとき、二人の耳鼻科の医師による悪性腫瘍宣告直後に見た神がかった白昼夢を

さらえまか: 開業医A先生の技量は人がなせるものではなく、もう神技です ...

saraemaka.blogspot.com/2012/04/blog-post_2575.html

思い出して暗い考えから少しの間だけ気を紛らせてくれました。25歳前後に見えた女性が鼻先も見えないぐらい横を向いてその奇麗に櫛目を付けた頭頂部の髪の毛の先に額とチョンマゲだけを見せて「舌癌は大したことにはならない」と言って下さった初老の声男性の声らしいお言葉を反芻して再発なしで助かるかもしれないと思おうとしていた。しかし25歳前後の美しい女性の声でなく初老の男性の声だった。どうして手が届く距離に座っておられた女性の声でないのか?要するにご先祖様の声などでなく癌告知に対して自分がこうありたいという願望が舌癌は大したことにはならないという声になったのではないかと結論付けたりしました。すぐに実家の過去帳を調べて明治以降実家で20歳前後で亡くなった女性がないのを確認したのです。お嫁に行って嫁ぎ先で亡くなったご先祖様はいらっしゃるかもしれませんがお嫁に行かれたご先祖様の記録は過去帳にはありません。昨年までこの4年間ご先祖様のお告げなのか、自分だけの念、切なる希望だけで自作自演した幻覚かと折に触れ悩み続けました。5年再発しなければ正鵠を得ているのでご先祖様のお告げにしようと決めていました。昨年までの4年間、占いの看板を見るたびに舌癌告知時に見た白昼夢の手が届くような距離で対面した美しい女性が誰か見てもらいましたが判らないとかいつも胸の病気を病み胸の病気で亡くなったご先祖様とおっしゃる占い師もいたがそれ以上判らないとあまり要領を得ない回答がほとんどでした。昨年2016年夏ごろ霊視できるとかいう占い師に見てもらったところ明治20年前後に3歳でなくなった女児であるご先祖様を連れた女性が私と対面した女性だそうです。霊界を二人ペアーで私の周囲にいらっしゃって、3歳で亡くなったオワキ様を前面に出してその陰に隠れるようにして占い師から見えないようにしていらっしゃるとのことでした。私は白黒の白昼夢でしたがカラーで見えるらしく32歳で胸の病気で亡くなったそのご先祖様の容姿が色白く女優並みとのことでした。

2017年7月9日日曜日

朝ドラヒロイン、旧滋賀アナウンサーもお目にかかったのは2017年4月です。心霊体験、白昼夢でお美しいご先祖様にお会いしたのは2012年2月です。ズレがあります

茨城県朝ドラヒロイン、旧滋賀アナウンサーもお見かけしたのは今年の4月なのに2012年当時からお二人をテレビで見たことがあるのかとご不審に思われる方がいらっしゃるかもしれない。実際読者におかしいといわれました。
2012年3月舌癌宣告を受け意識が遠のく中、目の前の25歳前後の女性に気が付いた。私のご先祖様は引いていたアゴをゆっくり上げて二人の視線が水平にばっちり合いました。こちらは誰なのか思い出そうとして必死で目の周り中心に見つめました。両目周辺だけで鼻や口、眉お顔の形までチェックできない時点で見知らない女性だが目と目の周辺は誰に似ているか考えると、演歌歌手だった不二恵子さんのお嬢さん光さんの目に少し似ているようでした。彼女のCD1枚だけ買っていて時々歌詞や彼女の写真を目にするから光さんの目を思い出したのでしょう。この写真が光さんの目だけを切り出した写真です。肖像権の問題もあるでしょうが、お金を払って購入したものでお顔の一部をブログに利用させてもらっても大丈夫でしょう。あくまでも目的が白昼夢でお会いしたご先祖様のイメージを説明したいだけです。人気芸能人を利用してクリックを増やす意図はありません。お名前から検索してもヒットしないようにお名前を変えています。彼女の実名を入れてお名前を利用して読者を増やすような意図がないのは明白です。
そんなわけでご先祖様にお会いして似た人を探して見つけたのがこの写真でした。しかし25歳前後のご先祖様のお顔全体はこの写真の主のお顔とは似て非なるお顔でした。25歳前後の私のご先祖様のほうが繊細なお顔だった気がします。共通点は目の周辺の雰囲気とどちらも童顔ということでしょうか。
舌癌告知を受けてから5年以上になり、茨城県朝ドラヒロイン、旧滋賀アナウンサーに似ているといっても記憶的に絶対の自信はありません。ご先祖様にお会いしたのも癌告知を受けたのと一ヶ月以上経験した舌の痛みで食事が減り精神状態及び精神が陰の極みと言った状態でした。そんな状態で見た白昼夢の思い出など頼りなくおぼろげなのは致し方ないでっよう。しかし茨城県朝ドラヒロイン、旧滋賀アナウンサー、不二恵子さんのお嬢さん光さん、心霊体験でお会いした私のご先祖の4人に共通するのは色白で童顔という点です。童顔の強さでは不二恵子さんのお嬢さん光さんが最強でしょう。

2017年6月4日日曜日

心霊体験を詳しく書きます。舌癌告知時、何秒か意識を失ってお美しいご先祖様にお会いしたのです。

2012年2月13日大学病院の2人の耳鼻科の先生の診察を受けました。一人目の先生にまぎれもない舌癌と言われ、二人目の主治医様の部屋に入り悪性の腫瘍と宣告を受けたとき、太い青竹の棒で頭を殴られたような衝撃を感じました。
よく臨死体験での体外離脱などで空中から病院のベットに横たわっている自分の肉体を見た。自分の周囲を家族などが囲んでいるのが見えたとのTV番組がありました。私も近いものを体験しました。数メートル四方の腰高程度の低い四角い黒い塀があり、黒い塀の中で一人の男性が両手でムンクの絵のように頭を抱え込んでいるのです。普段と違って梯子の上に立ったように上から下を見下ろしている視点でした。これが幽体離脱、体外離脱などと言われている上からの視界だったかと今振り返っての記憶になっています。その時黒い塀はなんとなくこの世とあの世の結界ととらえていました。ムンクの絵「叫び」のように頭を抱えている人は舌癌告知を受けた自分だとはなんとなくわかりました。それから数メートル四方の黒い塀伝いに小さい子供用の雀の巣のようなカツラがこちらをめがけて動いてくるのです。どうしたと見つめると二歩下がって止まり、しばらくすると三歩近づくというようなジグザグに近づいてきたのです。その時はもう視点が地面近くに戻っていて体外離脱は終わっていました。その雀の巣のようなぼさぼさのカツラも顔が見えなく3歳で肺炎など胸の病で夭折なさった明治20年頃のご先祖様とわかりました。こうした情報は霊視できるとかいう占い師に聞きました。通常より少し高い数千円の料金で霊視してくれます。3歳で亡くなった明治20年頃の女の子の記述は実家の過去帳に名前とともにありました。霊視できるとかいう占い師が観てくれた名前と過去帳の名前が一致したのでその占い師を信じています。
カツラに気を取られ気が付くと25歳前後のうら若い下の写真のような髪型の女性が顎を鎖骨 胸骨にくっつけるようにアゴを大きく引いて上目遣いに目の前、手が届く距離に座っていました。私はお目にかかった覚えがないのですが相手は私を知っているのか少しだけ含み笑いをしていました。それから首を動かさず瞳だけを左右に廻して私の左右を見たのです。まるで女子中学生のようなしぐさでした。それから少しづつ胸骨にくっついていたような顎をゆっくりと上げていって二人の視線が水平にばっちり合いました。こちらは誰なのか思い出そうとして必死で目の周り中心に見つめましたが全く記憶にない女性でした。
誰でもご存知でしょうが、写真は朝ドラのヒロイン梨村佳澄さんです。舌癌告知時にお会いした女性はこの朝ドラのヒロインに似ています。特に髪型など頭部の形がそっくりです。写真では前髪は視界の妨げにならないよう前髪をおかっぱ風に切っていますが、舌癌告知時にお会いした女性は前髪がこの倍ほど長かったです。前髪の曲げやカールもなかったです。4月から始まった茨木県北部を舞台とした朝ドラですが、茨木県北部時代、ヒロインが高校生時代のほうが向島電機の工場時代よりよくご先祖様の雰囲気を出しています。家族と共同でした稲刈り作業の風景、野菜畑の収穫、耕作など農作業を通じた土臭いイメージを醸し出した名演技でした。凛とした女優というより所作もゆっくりとした童顔の田舎くさい感じで親しみが持てるような演技が素晴らしかったです。東京のトランジスタラジオ組立工になってからは垢抜けして少し我がご先祖様と違うかなと思います。それに彼女はほお骨が前に出ておりお顔がなんとなくのっぺりとしていますが、私のご先祖様はそれほど頬骨は出ていませんでした。それに梨村カスミさんは少し日焼けしているようですが、舌癌告知時に白昼夢でお会いした女性はシミもなく色がとても白かったです。霊視できるとかいう占い師によると、舌癌告知時にお会いした女性はまぎれもなく300年前の私のご先祖様だそうです。300年前の私のご先祖様は小さい子供が大好きで明治の初めに3歳で亡くなったオワキ様を膝に乗せたりして霊界を連れ歩いていらっしゃるとのことです。何とか48などアイドルというより、容姿は抜群で女優並みだそうです。子供の時から胸の病がありほとんど寝たきりで32歳でインフルエンダ併発などで酸欠で亡くなったそうです。呼吸が苦しく病気で寝たきりなので野良仕事もしないで日光に当たらなかったのでしょう。享年33なのに二十五六歳に見えたのは色白で童顔だからと思います。胸の病気は結核か父の死因、父の妹の死因であった間質性肺炎か詳しいことは判らないそうです。とにかくこの連続ドラマをビデオで撮りだめして毎日見ています。朝の連続ドラマを見るとご先祖様に会えるような気がして最近の楽しみです。更に言いますと朝ドラのヒロインと国営放送の女子アナで今年4月からブラタモリに出演している童顔の旧滋賀アナウンサーとミックスしたような容姿でした。色の白さと目の大きさは朝ドラのヒロインより目が小さい旧滋賀アナウンサーに似ています。どちらにせよ普通なら私など鼻にも引っ掛けられない高嶺の花のような美しい女性です。
アゴを引いて見上げる視線からアゴを上げて水平視線になって数秒見つめ合った後、突然横を向いたのです。二度とこちらを向くことはありませんでした。髪の毛を遠慮なく観察したのですがあれほど櫛目が鮮やかなのは初めてでした。彼女はどれほど何回髪に櫛を通したのか、どのように髪を梳けばああしたくっきりした櫛目になるのか考えてました。彼女は一言も発しませんでしたが、横を向いてから老人のような初老の男性の声が聞こえました。「お前癌だったのか可哀想にのう。でもたいしたことにならないから、もうそんなに気に病むな。」若い女性の声でなかったので、どこからと横を向いた彼女だけでなく全体を見ると彼女の頭頂部に隠れて額の上だけのチョンマゲが見えました。額から上だけでお顔は見えませんでした。その時両肩を両手でゆすられて「○○○さん。しっかりしてください。聞こえていますか。癌と言っているのですよ。」これで白黒の白昼夢から舌癌告知の現実に引き戻されました。
ところで霊視できると触れ込みの占い師に面会したのは、彼女がどうして横を向いたのか。そして自分の先祖なのか誰なのか。明治以降の実家の過去帳には20歳前後の女性の記録がないのに誰なのか。横を向いたのは自分は嫌われたのでしょうかと聞いてみると「守護霊が守る人を嫌うこともありますが、嫌っていれば白昼夢などで会うことはないです。まず出てこない。顔が見えないように横を向いたのは『まだ私がいるこちらに来てはいけない。戻りなさい。寿命でないのでしっかり生きなさい』という意思表示です。あなたは彼女だけでなく大勢のご先祖に好かれています。常時近くに大勢のご先祖様がいます。近くにいらっしゃるご先祖様は他の子孫係累よりあなたに供養してほしいご先祖様だそうです。それから手が届く距離で守護霊と会うのは危険です。両手で抱き付かれればあの世に連れていかれてしまいこの世に戻れなくなる危険があるそうです。横向いたのは大きな愛だそうです。」白昼夢の登場人物は目の前の若い女性、髪の毛だけが見えた3歳の女の子、チョンマゲだけが見えた初老の声と3人ですが、顔が見えたのは手が届く距離にいた朝ドラのヒロインに面影が似た女性だけでした。機会があればなぜ一人だけ顔が見えたのかこれも聞いてみたい。チョンマゲの人は当然江戸時代の人で隣県出身だが私のご先祖だそうです。
 ところで将来病気で苦しんで、これは死病で助からないと思った時、楽になる方法を思いつきました。これから一層先祖供養に励みいよいよの時、朝ドラのヒロインに似たご先祖様を呼び出します。地面に額をこすりつけてこれまでのお礼を言上して、病気が苦しいので連れて行って下さいとお願いします。あのようなご先祖様に抱き付かれてあの世に行けるなら人生の終わりとしては、大きな幸せかもしれない。

2017年3月25日土曜日

舌癌骨転移して、強い痛みへの民間療法的備えがあります

私は先祖返りとかで大臼歯が3つありました。そうして都合の良いことにその一番奥の大臼歯、親知らずと呼ばれている大臼歯が普通の歯のように噛めたことなのです。特にてこの原理か何かで一番かむ力が強く例えばカンロ飴のような特別固いものは一番奥の親知らずで噛んでいました。大臼歯3本は他人もそうだと思い込んでいた。虫歯治療時にお世話になった歯医者で普通の人は大臼歯は2本で私のように親知らずが完全に生えて大臼歯3本は滅多にいないケースと教えてもらいました。その自慢の親知らずが虫歯になり、治療をお願いすると、「親知らずは治療しないで虫歯=抜歯が歯科の常識です。一番奥にあり歯を削る道具が入れず丸い鏡を入れる余裕がないので治療は不可で、あなたの親知らずはまっすぐ素直に生えているので抜歯が容易です。ついでにこの機に将来の虫歯のために4本の親知らず全部抜きましょう」保険の点数が高い抜歯をしたいのかなと考えましたが口に出せず「私の4本の親知らずは無用のものでなく普通に噛めるのです。歯としての仕事をしているため何とか治療していただけないでしょうか」と言いますと赤い紙を親知らずの上に置き噛んでくださいと言われた。そうして4本きれいに生えているだけでなくきちんと嚙める歯なので治療する価値があると納得していただいたのです。「治療してみましょう。しかし私には無理で明日○○先生が出勤しますので明日もう一度来てください」そして翌日きつい麻酔後に治療してもらった。その数年後再び右上の同じ親知らずが痛みだしたのです。その後引越していたので、また別の歯科医院で麻酔薬を綿に含ましたもので拭いたりして痛みを取る治療を受けていました。やはり抜歯を勧められましたが、前と同じように噛んでいる歯と説明して抜歯は免れていました。
 そうこうしているうちにある日曜日の午前、経験したことのない強い痛みが右上の親知らずに出たのです。前回京王線仙川駅周辺の3人の歯科医がいる大きな歯科医院で無理やり治療してもらった右上の親知らずです。強い痛みで明日は抜歯を決心しました。日中は2時間か3時間周期で強い痛みが10分ほど続くの繰り返しでしたが夜になると1時間周期と痛みの間隔が狭まってきたのです。午後11時ごろ痛みがない間隙を縫って寝付いたのですが午前2時か3時ごろ耐え難いような激しい痛みで目が覚めました。朝歯科医院が開く9時まで痛みが遠のいてほしいと思ったが痛みから痛みの間隔が夕方より更に短く10分間隔で強い痛みがやってきます。何とか痛みを和らげたいと必死で考えると以前民間薬などを勉強した枇杷の葉で痛みを取る方法を思い出したのです。そして枇杷の木が近くの通勤途上の公園にあるのも知っているのです。
2枚のビワの葉を取ってきてガスの火より比較的多くの遠赤外線を出す電熱器で枇杷葉を焙り右上の親知らずを狙って右の頬に当てて横になりました。数分で少しづつ痛みが小さくなった気がしました。
2枚目の電熱器で焙った枇杷葉を当てているとき痛みが我慢できるまで小さくなったのか寝入ってしまった。最近気づいたのですがビワの葉には眠気を誘う効果があります。当然私の自覚であってほかの人にも入眠作用があるかは存じません。痛みなく目覚まして通常通りに起きて休暇を申請して歯科医院に行き第一声が「親知らずを抜いて下さい」起床後も痛みは再発しなかったのです。10分間隔で痛みが来ていた午前3時ごろから、枇杷の葉を使った結果、午前9時まで6時間痛みなしです。
 ビワの葉の効用について書かれた本によると温めたビワの葉で痛みを取るのは、普通の痛みではあまり薬効がなく癌が骨に転移したり本当に激しい痛みに効くそうです。もし将来癌が再発して骨転移した時ビワの葉にお世話になろうと思います。

2017年2月13日月曜日

新しい大きなドーナツリングに入りました。最後のつもりだったCTスキャン

2月1日午前09時30分、放射線部CTスキャン室に入ると見たことがないシンプルな大ドーナツが目につきました。CTスキャン撮影は数回経験がありますが、これまでの機械とは違うようです。あいまいな記憶ですが患者から見るとトンネルのようなものに人間が入る筒状のものはなく患者はレールに乗せられて大きなドーナツだけをくぐると良いような構造でした。昨年春には患者がが入る筒状のものの途中にドーナツがあるという感じでした。現在の新しい機械は閉塞感のあるトンネルはなく大ドーナツだけを潜ればよいようです。圧迫感でなく解放感があります。音も静かでした。指示通り横になり仰向くと移動の妨げにならないように体に力を入れて引っかからないように意識する必要はなくすごく撮影が楽でした。リラックスできたのです。狭いトンネルに入るような圧迫感もありませんでした。
あんまり有難かったのでメーカの味方をして宣伝してあげたいと思うのですが、そうもいかないのですが、メーカーは現在米国で原子力発電事業で会社存続の危機にあるような損害を出しています。日本の総合家電メーカです。患者にやさしい大ドーナツ→CTスキャン装置をリリースしてくれてありがとう。米国の原子力事業では大失敗のようですが、CTスキャンやMRIで収益をカバーして頑張ってほしい。別に発行株式数が巨大なので投資的興味がなく株主になった経験が過去一度もなく、将来的にもないでしょう。でもこんな良い製品を出したので日本企業として何とか立ち直ってほしい。
撮影後3人目の主治医に聞きました。2012年ごろは癌と認識できる解像度の限界が5㎜でしたが、この新型のCTの解像度の限界は何ミリでしょうか。先生はそれには答えてくれず、私が観た感じでは癌はないようですが、撮影が今日の今日で、画像解析専門医のコメントを貰っていない。自分一人では自信がない。六か月後の8月に再度CT撮影して1週間後画像解析専門医の判断をもらって、たぶんOKと思うがそれで終わりにしましょう。との結論でした。リンパカクソウ手術をしない判断をしてくれた教授に判断を仰げばよいものをと思いましたが、もう一度CT撮影をすればそれで終わりだからとあきらめました。きっと新任の主治医も教授もCTの機械が新型になり以前の知識が通用しなくなったのでしょう。8月に二度も来るのは嫌ですが、それなりに一生懸命正確な診断をしようとしてくださってるのだから先生を傷つけることを言うのは我慢しました。それに再発癌がないという判断にほとんど疑いを持っていないようです。もし少しでも疑惑があれば成長が早い癌を2月から6ヵ月も放置しないでしょう。そんなわけで完治と見なす判断は8月までお預けのようです。

2016年4月17日日曜日

白板症の嫌疑がかかった舌左側側面の白い膜は3月の検診後1週間で自然消失しました。

3月の検診で左側側面に出来た白い膜があった時に処方して下さった軟膏です。準教授の肩書を持つ舌癌専門医が仰るには「これを舌の左側側面に朝夜など家にいる時でいいですから塗って下さい。来月までに消えていれば問題ありません。」準教授様が説明していない裏の言葉を補うと白い膜が1ヶ月後消えていなければ、癌の前段階白板症、癌の再発ということでしょうか。口内炎と舌癌の違いは2週間3週間で消えるのが口内炎、それ以上消えないか大きくなるのが癌ということと同じ意味ということでしょう。この口腔粘膜治療剤のメーカは書けませんがもともとはダイナマイトや軍に火薬を納入していたメーカです。○×火薬は昭和の後半抗癌剤に参入したようです。バブルの1時期短い間ですが株主だったこともあります。抗癌剤メーカとして有名です。抗癌剤メーカのイメージが強すぎるこの会社のこの薬を使うのが治療中癌患者のようで少し怖くなりました。
 舌の左側面に塗ると荒砥ぎの砥石の粒子のような細かい砂粒を感じました。その砂粒のようなざらざら感で粘膜表面をそぎ落とすような感覚があり、ざらざらでこそぎ落とすような感じがありました。白い膜よ早く消えてくれと祈る気持ちで塗り続けると1週間で白い膜は消えたのです。白い膜を触ると他の下の部分と同じように軟らかかったので最初からあまり悪い予感はありませんでした。
白板症でなかった。白い膜は口内炎の自然治癒の最終段階と確信して準教授の診察を受けたところ先生も同じようなお考えでした。そしてうれしかったのは次回の診察が3ヶ月後の7月でした。術後4年再発転移なしのご褒美です。このまま3ヶ月間隔での検診なら大学病院通院が、随分楽になります。先生もあと1年無事ならほぼ完治のようなことを言っておられました。この病院では執刀医で3年間経過観察して下さったC先生が一番お世話になったと思っています。

2016年3月14日月曜日

舌に白板症の発症の疑いがかかりました。舌癌を手術したのは右奥の中央よりでしたが、今度は舌の左側側面に白い幕が張ったようになっています

1月の終盤、風邪のような症状が長く続いたので2012年2月に早期の舌癌を発見して頂いた耳鼻科クリニックのA先生を受診しました。そこで触れられると強い舌の痛みがあるのを先生に申し上げました。風邪の症状は熱がなく咳と鼻水でした。舌の痛みも風邪の症状も自覚症状がなくなるまで3週間かかりました。舌の痛みはおそるおそる訊いてみると、悪いものではないような気がしますが、と歯切れが悪くさらに不安になった。最初はビタミンB12などを処方してくれたが、炎症を抑える抗生物質のようなものに変って行きました。左側面に軟膏のようなものを塗ってくれて次に硬くなるようなもので固定したとか言っておられた。舌の痛みは来診するたびに少なくなっていった。3月の初めには痛みも取れAクリニックのA先生も1週間後に来て下さいと仰られなかったのでその日が最後の診察となった。口内炎は強い痛みの時も粘膜の表面的な痛みでした。4年前の舌癌の痛みは足裏の魚の目の部分で道に落ちているパチンコ玉を踏んだような皮膚の深いところの痛みでした。A先生の悪いものではないようなのあいまいな言い方にも粘膜の表面的な痛みという自覚症状があったのでさほど怖くありませんでした。4年前の癌の痛みと次元が違うような痛みでっした。先週舌癌再発検査のためB大学に検診に行きました。いつものように舌に何か変わったことがありませんでしたかと聞かれたので、口内炎の経緯を話しました。見せて下さいと診てもらうと、口内炎の後が白くなっているとのことでした。経過観察のため普通は5月に検診ですが、次回は4月に来て下さいとのことです。白板症の恐れがあるとのことでした。帰宅後鏡で確認すると薄い白い幕を張ったようになっています。ネットで白板症を検索すると後で癌に変るような白板症は大抵指で触ると硬いようでした。癌は硬いのです。術後半年の2012年9月に見つけた口底部に発見したものは大粒の砂を触っているようでした。生きものとは思えないほど硬かった。しかし今回の白い幕は周囲と同じように舌らしく柔らかく特に硬い触感はありませんでした。いずれにせよ4月の診察ではっきりするようです。

2015年8月31日月曜日

私に任せればあなた舌癌で死にますよ。お気持ちは嬉しいのですが。(舌癌術後経過観察、再発チェック)

C先生も転勤されたことだしもう時効と思われます。執刀医のC先生のB病院は直線距離的には車で10分程度で近いのです。駐車場が不便なので電車で通院しています。近場なのに2度乗り換えの必要があり路線を描くとZ形です。時間的には40分かかります。近くなのに電車としては不便なのです。2012年退院後通勤途上にある舌癌を早期発見してくれた命の恩人である開業医A先生に相談しました。C先生に検診に行くと半日仕事を休まなければならず、A先生の病院でしたら18時30分にこれますので、仕事の終了後に診察して頂ける。「A先生術後の再発転移の経過観察をここでして頂けないでしょうか。再発が見つかるとまた手術はB病院でお願いすることにしたいのです。」A先生「あなた死にたいのですか。止めた方がいい」誰も死にたいために医師に頼む人はいないでしょう。キョトンとした私に納得したのか「こういうことです」と詳しいお話をして下さいました。
B大付属病院C先生は、毎日口腔癌患者を5人診察、診ているとします。土曜日曜祝日を除いて年間100人以上でしょう。C先生は腫瘍専門医ですから当然です。これに対してA先生は口腔癌患者は2年か1年間に1人めぐり会うのが精一杯です。C先生と同じ技量でとても舌癌術後の経過観察、再発チェックはできない。それに大きい大学ですから過去の膨大な舌癌患者の履歴のデータベースがC先生をサポートしてくれる。癌再発管理は医師の技量より患者の数です。これが一番多い医師が患者にとって最高の医師です。舌癌は絶対量が少ないのでなおさらです。個人的には舌癌術後経過観察、再発チェックをしてみたい。診療費も稼げる。視診、首のリンパの触診など基本的なこと以外に癌はどのような転移の兆候を見せるのかC先生のように毎日診察すれば会得する自信があるが、癌患者と接していないので自信がない。あなたにとってC先生が最高の医師で交通の不便を我慢しても命には替えられません。
 要するに癌患者を診察したいという自分の都合を向こうに置いて、患者である私のために「C先生に診てもらいなさい」と言って下さったのです。やはりA先生は口腔癌発見の高い技術だけでなくモラルも高いよいお医者様のようです。

2015年7月20日月曜日

舌癌術後3年経過しました。お陰さまで再発転移なしです。

今年3月で術後3年を経過しました。例によって実費1万円の造影剤注入のCTスキャンと肺のレントゲンを受けました。どちらも問題なしです。毎日自分はがん患者なんだ。健康には用心しないとと自分を引き締めるのですが、近ごろ夢の中でタバコを美味しそうに吸ったり時々舌癌の手術経験を忘れる日があります。改めて2012年退院時の初心に引き戻しました。食事には気をつけます。
 さてこの春手術を執刀して下さったC先生が転勤され少しお若いD先生になりました。そこでよい機会と疑問に思っていたことを訊いてみました。C先生には訊きにくかったのです。私の場合術後2年間毎月再発転移の有無を検診していました。他のブログなどを見るとT2N0などでは術後1年間再発転移がないと2年目からは2ヶ月に1回の検診です。この理由は私の舌癌が特に再発転移の可能性が高い分化度が低い癌なのでしょうか。D先生カルテをめくりながら「最初に癌を見つけて下さったA先生が検査会社に出した報告では中程度の分化ですが、この病院で術後の病理検査結果では高分化の舌癌の診断になっています。こちらの病院の検査の方が正確で高分化の舌癌という診断です。したがって転移の可能性は一番低いという診断です。」毎月検診を1年にするか2年にするかはそれほど重要なことでなく気にしなくてよいとのことでした。もし未分化癌でしたら今日もう生きていないでしょうと申しますと舌癌に未分化はありませんとのことでした。そんなわけでこれからも当分2ヶ月に1回の検診のようです。そして体調に気をつけなければいけないのは一生涯続くのです。

2015年2月28日土曜日

舌癌 手術で取り切りか取り残し再手術の分かれ目

舌癌発見時、癌の大きさが私と1mm違いのPさんの切除直後の取り残しのチェック方法の描写を紹介します。執刀医のH先生が切除した舌を見ますかと一口ステーキ大の舌の一部を見せてもらったとあります。「袋に入ったどす黒いカタマリを見せてくれた。(ここがよくわかないのですが)がん細胞に反応すると黒くなる染料をかけているので、真っ黒に見えるらしい。」当たり前のことですが癌はもともと正常細胞がDNA転写時などに複製がうまくいかずほんの少し複製が失敗したものらしい。それゆえ平時存在する通常の免疫細胞、白血球やマクロファージなどは非自己と認識できず攻撃できない。正常細胞とほとんど違いがないからです。ウイルスに感染した正常細胞も同様らしい。舌癌細胞にだけに反応して黒く発色するとは免疫でも見分けることが難しいがんをこの染料はがんと正常の舌の細胞を区別して黒く変色したことになります。そんな染料が現在本当に発明されているのかと疑問に持ちました。Pさんのがんに特異的に反応するモノクローナル抗体と結合させた染料以外そんなことはできないのではないかと考えました。何かの間違いではないのか。実際、googleでがんに反応して黒く変色する染料と検索してもヒットしません。
しかし2011年11月24日に共同研究の結果としてスプレーするだけでがん細胞が蛍光色に発光する試薬を開発したとあります。2011年でも相当衝撃的な発見のようです。そんなわけで舌癌と反応して黒くなる染料があっても不思議ではないようです。
ではPさんの主治医H先生が術後直後がんの取り残しがあるかどうかをこの黒い染料にだけに頼った。そして実際見落としがあり、取り切れず再手術となったとしたらPさんが気の毒です。人間のすることですから取り残し再手術は仕方がないことですが、H先生に病理検査医と同じように顕微鏡で見てもらってそれでも切断面の小さい癌の見落としがあったというならあきらめもつくでしょうが、判断を楽な試薬に頼った結果が再手術とはやはり少し気の毒です。勿論H先生も手術室で顕微鏡を持ち込んで時間の許す限り目視でチェックしたかもしれませんがPさんのブログにはH先生が顕微鏡で見たとは書かれていません。
一方私の場合(C先生のチェック方法)は以下の記事に書いています。
C先生は術後「切断面に顕微鏡で癌はありませんでした。取り切りました。」と言ってくれました。
また3月6日の手術前2度ほど人差し指で痛かったのですが触診をしてくれました。2度目が舌の下から大きく突き上げるような触診でかなり痛かったのですが、私が身をよじったので手を私の口から抜いた後「非常に良い」とおっしゃいました。癌の何がいいのかと思った瞬間、よいとは手術の良い情報が取れたという意味だとの説明が追加されました。それほど手術がうまくいくように熱心にギリギリまで診察と情報収集をしてくれているんだという熱意が感じられたのは確かです。C先生もがんと反応すると黒く発色する染料を使ったかもしりませんが、私のその後の結果は病理検査でも切除断面に小さい癌もなく再手術もありませんでした。

2015年2月21日土曜日

同程度の舌癌のブログを見つけました。ステージはともにT2N0M0 切除前の大きさは1mm違いでした

この舌癌ブログの書き手をPさんにしました。共通点は発見時大きさ2.5cm私が2.6cm ステージT2N0M0 リンパ除去手術はしない。抗がん剤治療はしない。放射線治療もしない。Pさんは切除のみで1年間再発転移なし。私も切除のみでもうすぐ3年間再発転移なし。
違う点は私が切除範囲が25%でPさんは50%。この差が私が発音しにくい行がないのに対して、Pさんはサ行ラ行の発音に後遺症が残ったとか。切除範囲を大きくすれば再発の可能性が低くなる分後遺症が大きくなるのでしょう。この兼ね合いが難しいのでしょう。そうしてPさんは、切断面にまばらな小さい癌が病理検査で発見され、要するに取り残しがあり不幸にも再手術を経験された。再手術で切り取ったのは長さ2cmで厚さが2mmとのこと。
多くの舌癌ブログなどによると手術病院を、大学病院などの歯科の口腔外科を選択なさる方が多くいらっしゃるようです。これは舌の異常を見つけてくれる最初の医師が歯科医が多いことに由来するようです。私は執刀医が耳鼻咽喉科腫瘍専門医でしたが、執刀医が口腔外科の先生の方が、Pさん以外でもリンパカクソウ手術の採用や切除範囲が大きいような気がします。それでも私も電話で故障対処方法などを助言提案するのが仕事ですが、自分では発音しづらいと思っていませんが、お客からは術前に比べて聞き取りにくいと言われることが多いような気がします。25%切除でも何らかの後遺症があるようです。発見してくれたA先生によると腫瘍外科専門医のC先生はこの付近で一番多い手術件数をこなしているそうです。手術で取り出した舌の病理検査で取り残しがなく取りきって下さったのも経験数が大きくものをいったのでしょう。
Pさんの舌癌ブログを読ませていただいて自分は本当に運がいい恵まれていると感謝いたします。Pさんもこのまま5年再発なしを迎えていただくことを切に希望します。私の舌癌を最初から全部読みたいと思われた方はグーグルで「現れた異変」または「口中の異変」で検索 トップ表示されます。「現れた口中の異変」が最初のタイトルです。記事の最後の行ラベルで舌癌をクリックすると舌癌の記事だけが日付降順で抽出されます。どうか読んで下さいまし。

2014年5月12日月曜日

舌癌術後2年が経過しました。お陰さまで再発転移はありません。

 2014年3月6日で舌癌手術後2年がたちました。これまで半年毎、計4回CTスキャン、最初と1年毎3回、肺の横からのレントゲンを取りました。視診で表面、触診で口内再発やリンパ転移をチェックしてもらいました。術後半年後2012年10月あたりに硬い大きい砂粒のような触感がありました。たぶん舌の下、口低にC先生によると癌の触感を感じるものが発見、確認出来ました。しかし運よく次の月の検診では大きい砂粒のようなものは消失していました。そして2年後の4月16日、肺の横からのレントゲン写真では肺に転移は見られない。自費9000円ほどのCTスキャンでも頸部リンパに転移なしというお墨付きを頂きました。他の舌癌関係のブログなどを読むと舌癌ステージがステージⅡ T1N0のケースでは頸部リンパ除去手術はしないのですが、T2N0でも大方は頸部のリンパ節を除去するそうです。手術の跡が膿んだりして大変な負荷、ご苦労を背負い込んでいるようですが、教授の方針決断らしいのですが、私の場合はリンパ節除去手術は免れました。将来リンパ節を除去する手段を残したともいえます。教授の判断の根拠は運よくMRI、CTスキャンの解像度が特別すぐれた映像だったので自信を持って転移はないと判断して下さったのです。抗がん剤、放射線治療もしていません。現在のところこの舌以外に癌はないという判断は正しくこのままずっと正しくあってほしい。癌の告知の時、白昼夢でご先祖と思われる影絵の「そんなに気に病むな。大したことにはならないから」の通りに転移もなく順調に2年が過ぎました。とてもありがたく感じたのはこの2年間毎月予約検診に通院していましたが、これからは2ヶ月に1度でいいのです。びくびくするのが1ヶ月に一回から2ヶ月に1回になりました。休暇が年間で半分になりました。このまま3年経過、5年経過を迎えられるように今後も節制していきたい。「たばこ1本ぐらいはいいのでは」の1本お化けとのせめぎ合いは現在も続いてます。2年禁煙していますが1本お化けは毎日でてきます。だいぶん弱くなってきていますが、1本お化けは健在なのです。3ヶ月禁煙できれば苦痛はなくなるは私には当てはまりません。

2014年3月30日日曜日

スギ花粉の季節がくると、麻酔なしで舌の生検を取られた隣町のA先生を思い出します。

以前何かの本で読んだのですが、腕の良い医師ほど時々残酷な事を考えるそうです。残酷なこととは、来院する患者で癌など滅多にお目にかかれない奇病難病の患者を診察したいという欲求に駆られるそうです。こうした難しい病気は患者の生命にかかわり当然遭遇しない方が患者には良いわけですが、診察する医師としては大きな好奇心の刺激となり難病の来院を残酷にも期待するのが腕の良い医師に多い身勝手な習性だそうです。
今から2年前の2月、隣町の耳鼻科医A先生に舌の痛みがひどくなったと面会した時、目覚めたばかりのように目を輝かせてうれしそうに真剣に症状を聴いていただきました。曰く「今日は朝から最後の患者さんあなたまで20人以上全部花粉症の患者でした。同じことの説明と同じ薬の処方で正直ウンザリしていました。ホウホウ食事時に舌が痛いって、どうかよく見せてください」本当に目を輝かせてガーゼで舌をつまんで下さりました。そうして舌の下裏の最奥の大学病院で舌癌の専門医に最も発見が困難といわせた驚いた私の小さい舌癌による潰瘍を発見して下さったのです。
発見できたのはA先生の技量の高さが第一でしょうが、朝から何十人も同じ症状の患者を診察して変った病気の患者を待ち望んで年に一回あるかどうかの舌癌を探すというA先生としての興味をかきたてる事情もあったのでしょう。考えれば考えるほど腕の良い医師と同じことの繰り返しに飽き飽きしていた、口腔内の命にかかわる大病をたまには発見して患者の命を救いたい欲求が一致した私にとっての幸運でした。潰瘍を見つけられなければ異常なしで帰されます。そんなわけで手術から2年経過しました。あと2週間ほどで舌癌再発転移の2年後の検査のためCTスキャンを受けます。無事パスすれば診察が2ヶ月に一回になるかもしれません。

2013年7月7日日曜日

「このコリコリとした硬さはまさしく癌の触感です」舌の手術痕を指で触診された腫瘍専門医C先生の第一声でした。

昨年2012年8月の下旬ごろでしょうか。舌の手術跡を鏡で見ていると「何だこれは?」独り言をつぶやいた。舌の右側切除部を、舌の下側の口底部分に縫い合わせているのですが、切除部の舌と口底部のところに薄いピンク色の直径数ミリの紙風船かお手玉の袋のようなものが出来ていました。直径数ミリのお手玉の袋のようなものは周囲の色と明らかに違った少し鮮やかな薄いピンク色でした。鮮やかなピンク色の袋のようなものは指で押さえると中に水でも入っているのか存在感がまるでないのです。とても柔らかいしわの入った袋としか云いようがありません。とても柔らかいしわの入った袋の周辺を人差し指で押さえると一か所だけ少し大きい砂粒が入ったようなコリコリを見つけたのです。このコリコリと鮮やかなピンク色の袋のようなもののどちらかか、または両方は、再発癌としか思えませんでした。不安な気持ちを持ったまま2012年9月12日の検診日にC先生の診察を受けました。そして表題のように鮮やかなピンク色の袋のようなものは全く問題ない。残った縫合糸が原因でしょうとことでしたが、砂粒が入ったようなコリコリは再発癌の可能性が高いとのことでした。しかし今すぐ処置しなければならないような緊急性はありませんとのご見解でした。正式な診断はCTスキャンで判明するとのことでした。翌月10月3日に予約が入っている術後半年後のCTスキャンの結果を見て対処すればいいでしょうとのことでした。次の検診日2012年10月3日までの一ヶ月は本当にめげるようなうっとうしい一ヶ月でした。「また手術か。食事がつらいのはいやだな。この再発癌が首のリンパに転移していくのでは」などと悪いことばかりを考える日々でした。CTスキャンの前日、1万円の検査費用をバックに入れた時、口に人差し指を入れました。砂粒が入ったようなコリコリを人差し指の先端で探しましたが、見つけられませんでした。コリコリは消えていました。舌の右側切除部と口底部をいくら探してもコリコリはないのです。鏡で鮮やかなピンク色の袋のようなものを探しましたがこれも消滅していました。
 CTスキャン後C先生に面会すると、触診では砂粒が入ったようなコリコリは、確かに消えていますとのことでした。C先生はCTスキャンの結果の画像を息を止めてみて下さいました。随分長い時間が経過したような気がしましたが、大きい声で「ない。異常なし」を宣言しました。この病院では光ケーブルを使ってPETの結果やCTスキャンの結果を撮影後すぐに主治医が見れるようになっています。命拾いをしましたが、私は自分も感じC先生も感じた砂粒が入ったようなコリコリはまさしく再発癌だったのでしょう。しかし癌に抵抗力を持った私の免疫が再発癌を駆除したと考えたいのです。今もつらいのですがあんな辛い目をして禁煙したのですから。タバコによる一酸化炭素は私の赤血球にはもうありません。赤血球は癌に戦いを挑めるだけのじゅうぶんな酸素を運んでいるはずです。そんなわけで術後1年後の今年2013年4月のCTスキャンの結果も問題なしでした。そして毎月1回の診察は来月も予約が入っています。

2013年1月1日火曜日

全身麻酔と舌25%摘出手術 生理食塩水でうがいができました

舌切除手術が3月6日ということで、3月2日入院しました。入院手続きに入ると幸運にも個室に当たったと言われました。入院オリエンテーションで個室は一応申し込みますが、病状が悪い人が優先されるので大抵当たらない。もし個室を割り当てられれば当然保険適応外で1日費用は3500円と国立らしく安価でした。予想に反して個室が当たったのです。発見が滅多にないほど難しい奥の早期舌癌を見つけてくれたA先生との邂逅、PET MRIのまれに取れるという白いスジ柱が出た解像度の高さ、癌告知で黒い影となって「大したことはない」と励ましてくれたご先祖と思しき白昼夢、そして今度の個室を引き当てた事実。入院して調べたが4人部屋の大部屋が10室あり個室は5部屋でした。一つは1日15000円の個室で、40人対4人 4人の中に重病者が2人入ると思う。要するに10分の1か20分の1の確率で1日3500円の個室に入れた。ご先祖の加護があったとしか言いようがありません。
 手術の前日麻酔医が来られた。明日よろしく、こちらこそ程度の挨拶でした。3月6日病棟の奥のエレベータで手術室へ。すぐに点滴開始、マスクした医師が耳元で「お顔は平気な様子ですが、血圧はうそを言わないようです。いつもよりかなり高い」声ですぐに昨夜の麻酔医と分かりました。「そうですか。がはははー」で気を失いました。麻酔医は麻酔注入のバルブを空けてリラックスさせるために声をかけに来てくれたのでしょう。あとで調べると全身麻酔の前に血圧が上がるということは麻酔医にすればとても都合が悪い事らしい。
 肩をゆすられて「すべて終わりました」と起こされました。「切除は25%で間違いないですね」しばらくしてC先生の声で「そうです75%残しています」。何か舌が軽かった麻酔で痛みはなく少し舌がかゆい感じだった。まだしゃべれそうでしたがこれ以上声を出すのが恐ろしくなった。そのままベットで自分の個室に運ばれ、看護師に「私たちはこれから3時間10分おきに見に来ます。舌が腫れて気道を塞がないかを見に来ます。呼吸が苦しくなればこのスィッチを押して遠慮なく呼んでください。」手術後一番つらい3時間が始まった。麻酔は切れてくるし、絶えずゴクンゴックンと仰向けで血を飲まなければならなかったからです。窒息死の危険がかなりなくなった夕方、C先生が処置室に連れに来た。したことは霧の麻酔液を舌に掛けてくれ舌を注射器で麻酔、電気を流して熱を出すペンチのようなもので手術の跡を挟んで止血してくれました。処置室に行くと大学病院の数人の医師が口を空けてくださいと口の中を見たがりました。最後来た人、何やら横柄な口調で周囲の医師に声をかけました。そして自分が何者か何も言わないで、ぶしつけに50cmまで顔を近づけて私の顔をジッと見たのです。本当にまばたきもしないで真剣に顔だけを見たのです。彼だけが口を空けてくださいと言わなかったのです。そして曰く「この人今日手術したかどうか外見だけでは全くわからない。全然顔が腫れていない。滅多にいない珍しい人だ」「この人は生まれながらに手術に強い人かもしれない」そしてC先生に「この人は大丈夫だ。今夜は○○にいる。何かあれば連絡くれ」そのまま出て行った。横柄な口調から耳鼻咽喉科トップの教授と思われる。彼は夜睡眠中の舌の腫れによる気道閉そくを心配して見に来たと思われる。たぶん転移がないのでリンパ節にメスを入れない方針を下した方でしょう。一度も診察はしていないがC先生の患者は自分の患者という意識があるのでしょう。生まれながらにしてどんな手術にも耐えられる手術に強い人とは喜べない褒め言葉です。その日執刀されたC先生「癌は100%取り切りました。切断面に顕微鏡で癌はありませんでした。あともう一度1週間後に病理検査の結果も出ます」そして3月13日病理検査でも癌は取り切れたとの判定でした。術後2週間は口の中が痛くうがいもできなかった。食事は取れず点滴だけで過ごしました。水道水と口に含んだだけで痛いのです。見かねた先生が生理食塩水を用意してくれました。痛くてうがいができなくて口の中が卵焼きが腐ったような異臭がしました。生理食塩水を使いだしてから初めて食べたのが売店で買ったプリン ヨーグルトなどです。生理食塩水に青いうがい薬などを混ぜて口の中を清潔にしだしてから急速に手術の跡が回復に向かい出しました。少しづつ食べられるようになりました。口の中が痛いのは信じられないのですが、タバコはがまんが出来たのです。とにかく生理食塩水には助けられました。そして3月21日退院できたのです。

2012年7月28日土曜日

舌癌手術入院で一番こわかったこと

主治医から約3週間の入院と告げられました。全身麻酔、舌の25%切除手術、術後の痛みなど不安がいっぱいです。しかし自分の場合は一番の懸念は入院による半強制的に発生する3週間の禁煙です。10年以上前必死で耐えた5日間の禁煙以外は経験がなく3週間は未体験ゾーンです。精神的に気が狂わないで耐えられるのかという不安でした。初診の2月13日には病院の敷地の境界付近、歩道などには何箇所かジュースのカンカンを金網フェンスにくくりつけたような手製の灰皿があちこちにあったのです。いつもパジャマを着た入院患者と思しき方がカンカンの灰皿を使って喫煙されていました。病院敷地では禁煙ですがフェンスの外はいいだろうということでしょう。自分もどうしても我慢が出来なくなると病棟からここに来ればタバコを吸えるんだと針金を通したカンカンの灰皿が最後の心のよりどころになりました。入院が近付いた2月の終わり付属病院の先生が撤去したのかカンカンの灰皿がすべてなくなっていたのです。それはとても恐ろしい光景でした。最後のよりどころがなくなったのです。パジャマを着た患者は敷地の物陰で煙だけを出して隠れて吸っていました。そして決めたのです。3週間も禁煙するならいっそタバコをやめよう。3週間タバコを我慢すれば簡単に卒煙出来ると考えたのです。しかしそれは甘かったとあとで思い知りました。少しでもく苦しみを軽くしようと禁煙補助薬のお世話になることにしました。血糖管理の内科医にお願いしてタバコが美味しくなくなる最近はやりの薬を処方してもらいました。そのおかげか入院中は禁煙できました。実際口の中が痛くてタバコがどうしても吸いたいとは思わなかったのです。
退院後10日間は自宅療養です。選抜高校野球真っ盛りで毎日テレビで野球観戦です。お気に入りのチームがヒットと打つとヨシッとばかりに右手は畳の上をタバコかライターをまさぐっています。まさに喜びはいつもタバコとともにありました。タバコが見つからず禁煙中に気がつく毎日でした。禁煙の紹介ブログなどを読むと3日我慢すれば卒煙成功とか3週間、3か月で完全にタバコと縁が切れるとか書いていますが、人それぞれで私の場合はもう4カ月ほとんど吸っていませんが、毎日2時間おきぐらいに「1本ぐらいはいいのでは」との苦しい戦いです。永久にこんなことが続くのではと恐ろしくなります。禁煙補助薬の保険が切れる8週間目が一番苦しかった。いつでもやめられるとタバコを吸いだしてこんなに苦しいとはタバコのようなものを国が販売するのはやはり間違っている気がします。

2012年6月23日土曜日

舌癌ステージ診断 T2N0でステージⅡ

主治医のC先生によると治療方針を決めるまで3つの検査が必要でした。
舌癌の大きさと首のリンパを調べるCTスキャン、MRI PETです。いずれも性能を十分に出すには  象映剤 が必要で象映剤注入のための条件が腎臓のクレアチニンが正常値を持つことだそうです。この点糖尿病で腎障害があればオチオチ癌にもかかれない。最先端の機器で転移などの進行状態が分からず確実な治療ができないというリスクが発生します。幸い私の場合は糖尿合併症がなく象映剤注入可能でした。2月の20日ごろ検査が終わり舌癌の最大径が26mm リンパなど他に転移がなくT2N0でステージⅡという診断でした。長さが26mmで幅が5mmの細長い舌癌でした。2cmを超えているので普通は首のリンパ節を除去するのだそうですが、先祖の加護かもしれませんが私の場合特に画像の精度が良く普通は造影剤を入れて5mmまでの癌が判別できる性能だそうですが、もっと小さいのもあれば映っているかもしれないが全くない。教授が入った会議で舌の癌だけを除去してリンパ節の除去はしないという手術方針が決定されたそうです。手術は3月6日と決まりました。
 1月10日ごろ自覚症状発生 1ヶ月後の2月13日で3人の医師による舌癌確定 2ヶ月後の3月6日に手術と順調に進みました。ありがたいことにT2N0で早期癌です。
PETかMRIの画像か忘れたのですが、舌の右側が超新星爆発のように光の筋が舌の右を中心にして真っ白に広がっていたのでどうしてこんなに光のスジがあるのですかと主治医に聞いてみると、特別画像の質が高いと光のスジが出るそうです。感度が良くもし小さい癌があればこれほど感度が良いと必ず映るのに舌以外は黒いから私たちは転移はないものと判断したと説明されました。

2012年4月15日日曜日

開業医A先生の技量は人がなせるものではなく、もう神技です(B大学耳鼻咽喉科教授に一番近いC先生の感想)

挨拶もそこそこに舌の診察から始まった。やはり前の先生と同じくガーゼ2枚使って舌を2度上に引っ張ってめくりました。「もうお聞きと存じますが癌です。」このとき心の中に黒い大きな枠、囲いのようなものを見ていた。その隅っこに影絵のような人がうなだれた人がいて、囲いの外にもう一人の影絵が中の影絵に「そうかお前癌なのか。かわいそうに。大したことないので気に病むな」と話しかけてきたのです。C先生「癌ですよ。意味わかりますよね」で影絵の世界から癌告知確定の現実に引き戻されたのです。「それにしても開業医A先生の技量は飛びぬけていらっしゃる(在野の町医者でこんな方がいらっしゃるとは驚きました)」「私の舌癌の場所がなぜ見つけにくいのですか」「場所が舌の下の最奥にあります。血管でデコボコしていて舌を上に引っ張っても目線と垂直面にならない。舌癌の診断は潰瘍を探すのですが、○○さんの場合潰瘍の周囲のギザギザが小さく色も露出した潰瘍部とギザギザの外とそんなに変わらない。少しの唾液があるだけでもう区別がつかない。私の場合はC先生が貸してくださったプレパラートで癌があるのは確信しているし、潰瘍の場所も紹介状で分かっていたのですが、一度舌をめくっただけでは確認できませんでした。開業医A先生は癌があるかどうかわからないのに長い集中力を以って辛抱強くお探しになったのです。このがんは心配いらないと見逃されて癌がもっと大きく悪化して発見されるパターンです。舌の奥、舌の付け根付近にありますからもう少し症状が進めば舌の全摘出になるところでしょう。あなたは良い先生にかかわって幸運です。」なんとなく初期癌を連想する言い分でした。
明後日15日にCTスキャンの予約を取ってもらった。MRは大学の予約が満杯で1カ月先だったので病院のお隣のPETとMRI CTスキャン専門の民間病院でMRIの予約を取ってくれました。
何か質問はないかというので、舌の癌はよそから転移、飛んできた癌ではないですかと一番恐れていたことを聞いた。舌癌はほとんど原発癌です。後でMRI PET検査で詳しく判明するが舌が原発癌でしょうと言われました。もうひとつは診察の契機となった声帯の痛みです。喉や声帯に癌ができていませんか。C先生は口から咽をみて「ご安心ください。咽喉には何もありません。発声時には動かすのは声帯と舌の奥ですから舌が痛んだのでしょう」口から見て咽がわかるのかと考えていると「ご不安でしたら鼻から入れて咽喉を診る内視鏡がありますからすぐに確認します」鼻の奥の少しの抵抗で内視鏡の先端が咽喉に落ちたのを感じました。上部と下部を先端部の電球で確認して「やはり咽喉には何もありません」「私もお聞きしたいことがあります。生検を取った時の局所麻酔はさぞ痛かったでしょう?」「腹の底から悲鳴が出るほど痛かったですが、麻酔はしませんでした。」痛かったでしょうとからかうようにいっていました。C先生は患者が痛がるのが大嫌いなのです。霧の麻酔を多用して局所麻酔ですら痛くないようにしてくれます。驚いた顔で「なんですって麻酔なしで舌の生検を取ったって。。。。。。。。聞いたことはありません。普通は麻酔して舌の生検を取るのが耳鼻科の常識になっていますが、麻酔などしないほうがいいに決まっている。あなたの癌は発見しにくく生検を取るのが大変な場所にあるのです。痛がる患者をあやしながら患部を挟むだけでも至難の業です。チャンスは一度しかなく、正確に一回で癌の標本を打ち抜いているのはこの標本プレパレートが証明している。私なら患者が痛がることを考えて手が震えてとてもできない」それから表題のようにA先生は神技を使ったの発言でした。C先生は自分の眉間を人差し指と中指で押さえてしばらくうつむいて固まってしまったのです。確かに標本を取るチャンスは1回だけでしょう。もう一度させてくださいと言われても無理です。他の舌癌関係のスレを見ても麻酔して確実に癌を捕捉できるように2回は生検を採取するようです。「でも先生、生検を取るまでは痛いのは食事のときだけでしたがあれ以降食事以外でもいつも痛いのです。感謝はしていますが」患者が痛がるのが大嫌いで耳鼻咽喉科の教授になれば私が住んでいる広い地域の指導的立場になるのが確実なお立場で町医者のA先生の技量を素直に褒めるC先生も良い先生と思います。医師も最後は人間性です。他人の痛みを知ろうとしない医師に看取られて死にたくはありません。A先生を褒めるのを聞いて少しさわやかな気分になりました。夢のように頭に出てきた枠の外の黒い影絵の人はわが先祖の御霊のような気がします。
C先生のB大耳鼻咽喉科の動向は私の生検を返しに行ったときB大出身の知り合いからA先生が聞いてくれたようです。現在の耳鼻咽喉科のトップであるたった一人の教授は最近の兆候として腫瘍・癌専門外科医だそうです。C先生も癌専門外科医で耳鼻咽喉科NO2だそうです。現在の教授が退官するとき当然のようにC医師を後がまに指名すると誰もが考えているようです。

B大学付属病院の二人の腫瘍医師の判定

2月13日、2時間待たされたあと診察室に呼ばれた。名字からは外国人のようですが、言葉のなまりは全くなかった。挨拶を交わした後、診察してくれました。例によってガーゼで舌の先端をつまみ中を見た後、何か呟いた後、もう一度ガーゼで舌の先端をつまみました。長いこと見た後、「残念ながら癌です。開業医A先生が採取された生検から作られたプレパラートを顕微鏡で見た細胞の形、今見せていただいた舌の状態から判断いたしますに間違いなく癌です。」わかっていたが、どこかで開業医A先生の誤診であってほしいとの思いがあったのか、その若い先生のお顔より、その時は視線がうつむいてしまって、今でも机の上の状態ばかり浮かんできます。「私も腫瘍専門ですが、○○さんほど潰瘍の位置が分かりにくいのは初めてです。舌の下の奥にあり、ちょっとした光の加減、唾液で潰瘍が見えなくなります。よほどの幸運が重ならなかったらこの潰瘍は見つけられない。当然私がA先生のお立場なら見逃すでしょう。よその病院で見逃されても致し方のない癌です。開業医A先生の腕前は相当なものです。」そんなことを話してくれました。確かに机に広げられた開業医A先生の紹介状には舌の漫画と、潰瘍の位置が書かれていた。それでも一度ガーゼでめくっただけでは確認できなかったのでしょう。
後はCTスキャンなどで造影剤注入に同意してほしいとか手術の切断面に動物由来の人工皮を使いたいなどの検査手術方法の説明に終始した。特に転移を判定する造影剤注入は危険もあるが見返りはそれ以上で右頸部のリンパ転移癌を見るに大変有効と力説された。ほとんど夢うつろで同意書にすべてサインしました。長い説明の後「主治医のC先生が隣の部屋でお待ちです。そのドアを開ければ主治医のC先生の部屋です。」といってC先生へのドアを空けてくれました。