2014年12月31日水曜日

明日になれば今年よりずっと良い年が待っていますように。(明日を占うのが株で経済学は昨日過去の共通性を見つけるのではないでしょうか)

今日の大みそかのTV番組で今年お亡くなりになったトラック野郎の大俳優と経済学者を取り上げていた。記者が数理経済学者にこれから景気が回復すると言われていますが先生はどうお考えでしょうかと将来のことを聞いたのです。ご高齢の大先生、年甲斐もなく声からして若年の女性記者に「何を根拠に景気回復と言っているのかね」などときつく食ってかかっておられた。さすがにすぐに本業の議論ではムキになるとかとりなしておられた。経済学と景気の予想つまり株の世界は全く違うのであって昨日と明日ほどの違いがあるのです。事実である過去のことを理屈づけるのが経済学と専門家でない分安易に考えています。株は近い将来こうなると予想するのが思考の中心です。もっと簡単に言えば将来こうなるという予想が当たらなくても、1週間先に市場に参加している大多数の人が将来こうなると考えると予想してそうならないリスクを取って大金を投じれればよいのです。本当に景気経済の予想を当てる必要はなく大多数が近い将来こう考えると予想して、大多数に一歩先んずるだけでいいのです。あくまでも予想であって当たるも八卦なのです。テレビを見て経済学者に景気回復の予想を訪ねるのは、学者に幽霊があるかないかを問うようなものです。存在するとも存在しないとも証明できないのでわかりませんと言われるのに決まっています。こうすれば結果がこうなると将来を予想する学問は現在はないようです。予想は外れるもので予想の学問の学者、その道の専門家が予想を外せば学問として成立しないからでしょう。しかし中国の戦国時代などには縦横家などといった予想の学問が存在したのです。良薬は口に苦しの戦略家の張良、背水の陣の韓信も予想屋です。こうすれば敵はこう動くと予想して当たったから勝利を得たのです。
さて株のお話ですが11/03の西日本で出現した火球の翌日11/04の窓開けを12/17の安値16,673円ではまだ埋めてはいない。実際12/17の下げの時はヒヤヒヤものでした。この窓を埋めて16,000円まで下がると2012年12月のパターンと違うものになりまた以前のように暗黒の世界が続くように思われる。私が信じている日経平均とは違った視点のチャートでは現在の与党が大勝利した2012年12月当時とそっくりです。そうしてリスクを取って自分としては大金をすでに株に換えています。現金に換えれば現在は少し利益が出る程度ですが、2012年12月以降の再現なら自分としては大きな利益が生まれそうです。年明け後、火球出現時の窓埋め程度で反発してくれればバブルのようによほど需給関係の悪いもの以外、何を買っても儲かった時期が待っているのかもしれません。目先のチャートや大陰線などに目を奪われている自分には見えないのであってもう何を買っても儲かる時期が来ているのかもしれない。今日の午前0時を過ぎると今年よりもっと良い年が待っているのかもしれません。

2014年12月21日日曜日

ピーマン 大玉トマト ナス 年の暮れまで粘りましたが収穫を感謝して夏野菜を撤去します

車庫、シャッターの前から望んだ無肥料栽培の家庭菜園です。11月中旬まで毎朝、ピオーネ程度の甘さを待つ生ピーマンをここで収穫して自転車に乗りました。栄養価からは夏野菜の王様であるピーマンを生食しながら駅までの通勤の自転車に乗ったのです。生のピーマンの甘みは夏野菜らしく9月ごろから落ちてきました。残暑はきつくとも、盛夏は過ぎたのをピーマンが教えてくれました。年末の現在落葉が一気に進みました。
ほんの一か月前の11月中旬のピーマンを南側の道路から撮影した写真です。白い花は咲かなくなっていましたが寒波で少し黄ばんでいましたが、十分な葉っぱがありました。
それからほんの一ヶ月で季節の変わりようを落葉した夏野菜のピーマンが教えてくれています。甘みが落ちたピーマンの収穫は11月下旬から止めました。結果市販されているような大きなピーマンになりました。これでも甘みはなくともエグミがない分市販のピーマンよりは美味しいはずです。なんと言っても無肥料栽培のピーマンですから。
最後の収穫直前の大玉トマトです。部屋の中で完熟させます。葉っぱも寒波に当たり枯れていますが、実を頂いてありがとう。
ナスも最後の一つの収穫です。手前のネギもキツネうどんの具にしました。ご先祖様と菜園の神様に今年の実りを感謝します。また来年健康ならばピーマン、キュウリ、ナスを収穫できます。健康が一番です。

2014年12月14日日曜日

無肥料栽培ほうれん草を収穫調理しました

2014年10月12日ほうれん草の種を蒔いて2ヶ月近く経ってようやくギリギリ収穫できるようになりました。無肥料栽培は何でも優れているわけではありません。成長が遅く時間がかかるという負の一面もあります。確か有機栽培では一ヶ月ほどでこの大きさになったような。でも成長の速さの半面害虫も呼び寄せて収穫する前に食べられてしまうという危険が付きまといます。風の谷ナウシカのように虫は邪悪な不要の肥料を駆逐するためにあるようです。でもこの畑では害虫の被害はゼロです。雑草も引き抜くときも土が飛ばないで畑を荒らさないで力を入れないで簡単に除草できます。
やっぱりいいことの方が無肥料栽培には多いようです。一番いいのは、無肥料栽培で作った野菜は美味しいことでしょうか。
美味しさについて、ほうれん草は野菜では唯一嫌いなのです。苦手な部分は、匂いです。鉄棒を長く握っていた時のような鉄分の匂いが嫌いなのです。おひたしを口に入れた時に感じるほうれん草の風味すべてが苦手です。でも無肥料栽培で育てるとアクが消えその嫌いな風味がなくなります。ピーマンが生で食べられるようになるのと同じです。ほうれん草が嫌いな点が風味以外にもう一つあります。咀嚼、歯で噛んだときの感覚が柔らかすぎチカチカと鶏肉を噛んだような食感が苦手なのです。しかしほうれん草を無肥料栽培で育てると硬くなり歯ごたえが出てきます。無肥料栽培で葉物野菜を育てると概して硬くなります。小松菜などはスジが硬くて野草のようになります。しかしもともと柔らかいほうれん草ではちょうどよい歯ごたえになるのです。
土や汚れを落とすために水につけました。無農薬なので農薬の心配はありませんが。
沸騰したお湯で2分ほど茹でて絞りました。鰹節の旨味が醤油味を超えるように作った秘伝の出汁です。これと醤油、スダチでまさに字の如く「おひたし」にしました。

2014年11月17日月曜日

無肥料栽培ピーマンが紅葉しました。終わりが近いです。

無肥料栽培は根を深く張り病害虫に強く夏野菜なのに寒さにも強いようです。その証拠にお隣さんのピーマンは収穫が終わったのか10月には撤収しています。
現在も収穫中ですがかんばで黄色くなりました。今のところフェンスからはみ出た葉っぱに限りますが紅葉しています。終わりが近いのは9月までブドウのピオーネ並みの甘さ糖度があったのに下がっています。それにピーマンの皮も硬くなりました。でもエグミ苦味はありません。
フェンスの中の葉っぱはそれほど黄色くはなっていません。みんなで冷たい風を防いでいるようです。外側の枝が防風林の役目をしているようです。
9月にはすぐ目についたピーマンの花も探すのが大変になりました。5mm前後のピーマン予備軍も少なくなりました。花が咲かなくなったので当然ですが。秋風が吹いて終わりが近い。

2014年11月16日日曜日

娯楽小説で相場暴騰の兆しとされた火球の効果も今回は本物か?


明治からの何十年にも亘る罫線日足を5年前から引き継いで記録していた周平は、どこまでも下がる低迷していた平均株価が反転する時に見せるただならない動きを感じ取った。しかし買い出動するにも長期の下げ相場で資金がない。地場証券を経営する周平はかつての大口の顧客に誰が何をどれだけ買っても大儲けが出来る高度成長期に突入する大相場が始まるという情報を担保に2億円を借りようと走り回るのである。当然銀行はこうした夢物語に融資はしてくれない。融資要請が不調に終わり次の大口客途中だったか車の中から途中で燃え尽きないような大きな流れ星火球を見たのである。第1次大戦終了後の狂乱相場の前にも見たとかいう地場証券社長周平にとって縁起の良い火球なのである。火球発見によって更に相場反転を確信したのです。結局大口顧客は大相場の始まりを内心理解したが相場巧者の周平抜きで一番よい時期の今の売り物が少ない株を拾うため口では否定して周平に融資はしなかったと思う。情報のただ取りをしたと思う。前回の韓国版くもの糸のように拙い記憶で間違いをお許しください。ただ小説では日足のどのような組み合わせが底入れを示していたかは全く書いていなかった。例えば出来高を伴ったたくり足が26日営業日ごとに出て下値が少しづつ切り上がっていると言った罫線の勉強になるような記述はなく単に底が入ったのを直感したという具体性のないものだった。これだけは記憶しています。
さて現実としては日経平均のチャートから10月31日金曜日銀の驚くべき金融政策で700円上げの太陽線出現翌週火曜からこの太陽線を陰線で被せて打ち消すのか窓を空けてさらに上値追いかと悩みました。11月3日文化の日夕方に西日本北九州で火球が観測された。翌日は窓を空けて最高の上昇パターンでした。明日17日からは好材料衆議院解散総選挙があるそうです。そして当然消費税10%は棚上げが公知の事実のようです。増税で選挙はできないからです。以上より火球後1000円近く上昇したが、まだ上値の余地がありそうです。しかし火球はそんな目先の上昇でなく、高度成長期に突入する大相場を暗示するような大きな意味をもつものらしい。題名も相場師とか言う娯楽小説のお話ですが。本音は半年でもいいから2年前の再現を期待したい。

2014年10月9日木曜日

秋ジャガに支柱を立てました。(台風対策用です)

とても貴重な無肥料栽培のジャガイモを守るためフェンス工事と鍵をかけたわけではありません。ほとんどの人が無肥料栽培のジャガイモのお値打ちを知らないと思います。
私のジャガイモ畑と同じどこかの更地を写しました。フェンスなしで草ぼうぼうです。これでも周囲を住宅に囲まれた住宅密集地の更地です。引き取ってもらうのにお金がかかるテレビなどが無残にも不法投棄されています。これを防ぎたいために昨年大金をはたいてフェンス工事をしました。
入口の通路のため半端な圃場となった場所です。種イモ6個つまり6株あります。
入口からもう一つの家庭菜園の全景を写しました。もと家を解体した跡地を数年かけて耕し畝を作って春ジャガ秋ジャガを3回繰り返しました。これで30株分です。1株3本の支柱が要りますのでこれで90本の支柱を立てました。台風が接近しており必死でした。
住宅地ですから水道はあるのですが作物用に利用すると水道代を請求されますので雨水を貯めるためにバケツを5個置いています。降雨が少ない時公園の水道水をこれに入れて公園とここをピストンで水やりをしました。今年も2日間、最後の手段として水を運びました。

2014年10月5日日曜日

一夜花状態だった無肥料栽培ナスが復活しました。いわゆる秋ナスです

7月まで順調だった生まれて初めての収穫に成功したナスも8月に入り樹勢が弱り小さい実が落ちだした。そして悪夢のような過去の一夜花が復活してしまった。秋ナスも未経験なのにナス撤収を本気で覚悟しました。会社の半分農家の同僚に相談すると諦めるのはまだ早い。強めに剪定すると復活することが多いとのこと。強風で傾いたナスを起こし強めの剪定、初めての昆虫由来のバクテリアを混ぜた秘伝のボカシを投入したり秋ナスに望みをかけました。新しい取り組みによる目論みは成功してご覧の収穫がありました。大きいのでぬか漬けでなく炭火による焼きナス用です。
さて両親が家庭用に育てた子供時代のナスのウンチクについてお話します。郷里では初ナスは6月の中旬に取れます。ナスのぬか漬けが大好きだったので紫色のナスの花が咲くと毎日実の大きさをチェックしました。そうして初めての収穫から3週間の期間が一番おいしかった気がします。世間では秋ナスが最高とか言いますが、夏が終わり涼しくなると味が落ちると決めつけていました。子供のころから他人の風評やテレビなどの権威があるお方が秋ナスが美味しいと言っても自分の感覚や意見が世間の評判に影響されない頑固な子供のようでした。今年は初ナスから小さめに収穫したナスをぬか漬けにしていましたが、8月の一夜花になる休眠する前の最後に、大きな葉っぱの陰に一つのナスを見逃していたのです。上の写真の左のように丸いナスでこの倍ほどの大きさでした。すでに漬物にするには大きすぎ七輪の余熱で以前の投稿のように蒸し焼きにしました。スダチや醤油など何も付けないで食べましたが、驚いたことに野菜の味はしなかった。野菜の味でなく今まで食べたデザートの中で飛びきりの最高のデザートでした。これまでのデザートにたとえようもなく美味しかったのですが、敢えてたとえますと、贅沢な徳島産の希少な砂糖である和三盆を使った京都産の高級和菓子のようでした。ところがこの秋ナスは皮も硬くナスの匂いもあり甘みも梅雨末期に食べた焼きナスには到底及ばないのです。アクも強い気がします。やはり子供の頃の感覚は正しく秋ナスは木が大きい分、収穫量は多いのですが味は秋の深まりに比例してまずくなります。今年は和三盆を使った和菓子のような焼きナス再現は諦めました。また来年に期します。

2014年9月23日火曜日

フェンスからはみ出たピーマンは貴重な野菜サラダです。

わが家庭菜園を南側の道路側からフェンス越しに眺め、ファインダで切り取った風景です。奥の茶色の構造物は隣家のフェンスです。この右側は同じく南側が道路になっている隣家の家庭菜園です。奥のツル状にフェンスからはみ出しているものはそろそろ終わりを迎えた胡瓜です。人生最高のキュウリ糠漬けをくれました。そして写真の通りわが家庭菜園の入り口は外にはありません。
実はこのシャッターがわが家庭菜園の入り口です。
シャッターを上げると今年買った車が鎮座してこの右側のスペースが家庭菜園へと続きます。左側が洗濯室で、そこを抜けて秘伝のボカシを生産寝かしている前横のドアを空けるとようやく家庭菜園に入れます。菜園までかなりのセキュリティチェックがあります。(笑)
今度は南側の道路から大きくなったピ-マンの株です。昨年はこの奥の畝、どちらかというと日陰にピーマンを植えましたので10月には2mを超えました。今年は幅、嵩が大きいですが日光がたっぷりあり9月中旬の現在、1m程度です。それでも10cmほどのピーマンの苗を4月の初めに植えて7月までほとんど樹高が伸びなかったとは信じられない大きさになりました。無肥料栽培の不思議です。早朝から夕方まで日光を独占したためか実の付き、収穫量は昨年の倍ありそうです。やはりピーマンはほうれん草と双璧をなす栄養の王様野菜ですが夏の陽光で育つようです。さて人様に迷惑をかけないようピーマンのはみ出しには十分注意してきたつもりですが旺盛な樹勢の膨脹でいつのまにかフェンスの網を超えてしまいました。実は今日はみ出た分を剪定するため洗濯室に剪定鋏を取りに行こうとしていたのです。ところでこのピーマン試食すればわかるのですが生食が出来るのです。普通ピーマンはサラダには入れません。苦味とエグミが強く、熱を加えないとこれらが薄まらないからです。苦味特にエグミは鶏糞、油かす、牛糞、化成肥料などが原因です。肥料はアブラムシなどの害虫も呼び寄せます。有機栽培はそれらの対価として短期間の成長、増収をくれます。無肥料栽培では短期間の成長、収量の増加は見込めませんが、害虫の減収に伴う無農薬栽培と野菜の持つエグミ苦味の除去から来る野菜本来の旨味を保証してくれます。このピーマンは苦味がなくエグミがないので生食出来ます。苦味とエグミがなくなると甘味だけが残ります。信じられないでしょうが、果物並みの糖度があります。無肥料栽培はこうした恩恵を励みとして継続しています。この私のピーマンを差し上げた方の多くはドレッシングをかけて生食するそうです。
 フェンスの下には昨年このブログに登場したど根性トマトがあった場所です。30cm超える側溝があります。説明したように家庭菜園に入ってピーマンを生食しようとするにはシャッターを開けたり元畳敷きの床に上がったり大変なのです。はみ出しピーマンを育てると公道の上から1つ2つのピーマンを素手で収穫できます。
このピーマンの収穫が望める11月末まで朝自転車で出勤するたびにピーマンを収穫して駅まで数分の時間中によく噛んで飲み込めばビタミンミネラルの補給と結果、健康増進するかもしれません。昨年は7月から11月末まで3日置きか2日置きにピーマンのオリーブオイル炒めを食べて風邪をシャットアウトしました。都会にいて収穫直後に毎朝生食するとはなんと贅沢なのでしょうか。

2014年9月9日火曜日

無肥料栽培の秋ナスを蒸し焼きにする

8月に入り1本しかないナスの木は見た目にも黄色い葉っぱが多くなりめっきり弱りました。緑色の枝を思い切って切り、黒い枝やつぼみのある枝を残しました。風通しも良くなり8月の終わりから花が咲き始め落花が少なくなりました。お盆ごろ引き抜こうかと1度は思ったのですが秋ナスとして復活しました。この枝など2個の収穫確実なナスをつけています。
今日収穫して焼きナスになる予定のナスです。
これももうすぐ収穫できそうです。
今日の収穫分一つです。まだ少し小さいですが、残りの枝についてるナスを早く太らせるために収穫しました。
アルミホイルに包んで七輪の残り火に入れます。この上の光る面を下にして熱を逃がさないためにアルミ箔を被せました。
少し硬いが出来ました。これも大変甘いのですが、前回の方が甘かったです。7月の末に食べた焼きナスはこの3倍ほど大きく丸いナスでした。前回のは焼きナスというよりこれまで食べた最高のデザートでした。

2014年8月31日日曜日

極悪虫に取りつかれました。見たこともないヤママユ以上のこれまで一番の最大の虫です。大玉トマトが被害にあっています。

何か大きな虫がいるとは気が付いていました。この糞が物語っています。
近づいてみると古い黒い糞と新鮮な緑色の新しい排泄物です。一週間前より大きくなっています。子供のころヤママユの蛹を買ってくれるオジサンがいました。年に2回ほどバイクでやってきて5匹単位で買ってくれました。金額は忘れましたが、子供の小遣いとしては良い収入でした。用途は漢方薬に使うようです。緑色の繭を山の中で見つけるのは無理ですが大きな奇麗な緑色の幼虫を捕まえて樫やドングリの枝を与えその葉っぱを食べさしてサナギになるまで育てるのです。一升瓶に挿したドングリの枝の先でサナギになるまで待ちます。山繭の幼虫を探すのにまず樫やドングリの木を見つけて次にこうした糞を見つけます。その上には必ず幼虫があります。そんなわけで子供の頃の悩みがなかった童心にふっと返りました。
そしてついに糞の上で落とした主を発見しました。写真でパチリです。
かなりデカイ。クマゼミの死骸と比べてもやっぱり巨大です。この大玉トマトの葉っぱを食べてここまで太るにはどれほどの大切な大玉トマトの葉っぱを犠牲にしたことか。こんな鮮やかな色の虫を見るのは初めてです。外国から来た外来虫かもしれません。放置すれば卵を生み大量の子孫を残しこの子供たちが生きるためにまた悪いことをするでしょう。
被害はここだけにしてほしいと気の毒ですがこの写真がこの外来虫らしき虫の遺影となりました。

2014年8月11日月曜日

4度目の植付けでナス収穫リベンジに成功しました。無肥料栽培はまたもや収穫の達成感を与えてくれました。今回は一夜花でなかった。

社宅時代空き地を見つけて野菜ジュース用のパセリを毎年栽培していましたが、パセリ以外の野菜で最初にチャレンジしたのがナスでした。そして大玉トマトです。身の程知らずのチャレンジは両方一度も収穫できませんでした。大玉もナスも黄色と紫色の花はたくさん咲きました。そして木の方は太くとても立派でした。ナスの葉っぱなど長さが50cmほどの葉っぱもありました。でも花が一夜花なのです。咲いては翌日枯れました。当然実は成長しません。原因はすべて肥料過多です。
実は写真の実は1番生り、初なりではありません。3個ほど収穫した4番目ぐらいです。
ナスもわりと難しい部類ですが、無肥料で栽培すると簡単のようです。1990年代からナス収穫に挑戦して今年やっと収穫できたこの達成感は間違いなく良い思い出の一つとなるでしょう。

2014年8月10日日曜日

大玉トマトの収穫(夏麗人大玉トマト)

6月8日日曜、夏麗人トマトを根切りと根洗いで植付けました。65日後8月3日木生りで真っ赤で少しの雨でひび割れ裂果した写真です。
約60日で収穫ですが、残肥料付きお弁当付きの土を洗い5cmまで根切りをして、最初の成長が遅すぎる無肥料栽培では60日は上出来かもしれません。店頭に並ぶと同時に購入梅雨明け宣言ごろ大玉トマトが青から白に変わった。そして8月に入って梅雨末期の大雨、裂果になりそうな原因大雨を避けて完熟しましたが夕立の一降りで裂果しました。大玉トマトは難しい。だから栽培収穫してお金になるのでしょう。地植えでは大玉トマト収穫は無理なのかもしれません。さて昨年の鬼ヶ島童子トマトとの違いですが。肝心の食味では夏麗人トマトは負けます。酸味が強くほのかに苦味があるような気配があります。鬼ヶ島童子トマトは癖のない下味に甘みがある感じです。
来年は大玉トマトの代りにミニトマト恋子にしようかと存じます。下の写真は完熟トマト予備軍です。どうしても食べたいという気がしません。そんなに大玉トマトが大好きというほどではないのです。


2014年8月4日月曜日

自家製の虫よけ剤を作りましたが、害虫にやられる以上に葉を枯らしました。(木酢濃度が濃過ぎました)PCで写真が見れます の ぼくも、よかれと思って成育初期の菊に500倍で施したら、成長が抑制されて大変困ってます。 薄ければ成長促進、濃ければ殺虫や殺菌や成長抑制になる、なんとも不思議なものみたいです。(マーやん様)

そうなんですか。薄めの木酢には成長途上の菊には成長促進作用があるのですか。存じませんでした。アブラムシなどの害虫に対するフィトンチッド忌避剤のようなマイナス思考の発想しか思いつきませんでした。成長促進などのプラス方向に働くとはエチレンなどの植物ホルモンと勘違いする何かがなるのでしょうか。ちなみに人間に入浴剤として薄めに使用すると成長ホルモンになるのですかね(笑)。

2014年6月22日日曜日

4月に植えたキュウリはようやく4年間無肥料の土になじみました。携帯で写真なしでも写真は2枚あります。パソコンからは見れます。

キュウリの苗を4月に培養土を洗い流し根切りして植えた後、2ヶ月と少し全く成長しませんでした。数センチに根切りしたため、2週間ほど毎朝天水を柄杓一杯周囲に水やりを欠かせませんでした。しかしこの写真のように黄色い斑入りが広がり、葉っぱの色的には病気持ちか今にも枯れそうな様子でした。それでも枯れるまでは肥料はあげられないが、水だけは与えたつもりです。先週から目を出した。上の3枚の葉っぱを見てください。黄色い斑入りではありません。そしてこの3枚の葉っぱは一段と分厚いのです。下の写真のようにキュウリ収穫に成功した昨年の葉っぱに近づいたのです。枯れるかと諦めから収穫の期待に変えたキュウリの新芽です。
昨年の無肥料で収穫に成功したキュウリの葉っぱです。あのさわやかな自然なキュウリの味に再び経験できそうです。

韓国版くもの糸 画像が携帯で見れない時はPCで見てください

蜘蛛の糸という有名な短編小説を読んだことがあります。誰でも存じ寄りと思いますが、一応あらすじを書かせて下さい
むかしむかし善行を積み重ねた蜘蛛が天国から下の地獄を見ていた。すると忘れられない知り合いが地獄で苦しんでいるのを見てしまった。その知り合いとは泥棒、強盗などまじめに仕事をしないで前世で悪行を積み重ねた盗賊Aでした。悪行ばかりのAも一つだけ善行があった。Aは盗みをはたらいた後逃げる途中蜘蛛を踏みかけた。他の昆虫のように硬い外殻を持たなく柔らかい蜘蛛は人に踏まれると確実にそこで人生が終わる。クモを踏みかけたAは一寸の虫にも五分の魂とか考えてクモを避け、もう二度と踏まれないように逃げ道の脇の草むらに手でそっと蜘蛛を退避させたのです。そんなことを忘れるようにそのあとすぐに再び逃走を始めた。そのことを一日も忘れていなかった天国の蜘蛛はなんとか地獄で苦しむAを助けたい。天国に来てもらってあの時の礼を言いたいと切に願った。そこで蜘蛛に出来る救命艇小さい助け船を出したのです。天国から蜘蛛の糸をAの前に降ろしました。Aは一人か二人しか乗れない救命艇でなかった蜘蛛の糸を天国へと向かって登り始めた。もう少しで天国という時に命綱である蜘蛛の糸に下に引っ張られる大きな力を感じで下を見ると、多くの地獄の亡者たちが下からAの蜘蛛の糸にぶら下がっているではないか。細い糸に大勢がぶら下がると切れて再び地獄行きは愚かなAでもわかる道理でした。Aは「蜘蛛の糸の権利は最初に見つけた自分にあるから登るまで一度降りろと」主張したがみんな自分だけが助かりたい。一瞬でも早く地獄の苦しみから逃れたい蜘蛛の糸に捕まった地獄の亡者に聞き入れられず、細い蜘蛛の糸はAの上で切れてAは再び地獄生活を余儀なくされたという自分だけが助かりたい欲に溺れたものの悲劇を描いた物語でした。調査しないで拙い記憶だけであらすじを紹介しました。細部の間違いは当然あります。お許しを。
さて今年に入って韓国で高校生が乗ったフェリーが沈没するようだと船長が判断して、「(助け舟・蜘蛛の糸を船長が独占するため)高校生は(船長の)安全のために外に出ないで船室にいてください」とけん制放送を繰り返しして高校生が避難する機会を奪い自分が救助艇を独り占めして真っ先に逃げた。船長放送を高校生が助かるための放送と信じて避難する機会を奪われた高校生が何百人も犠牲になったという大惨事が発生した。この船長は蜘蛛の糸のAより格段に頭が良く船は間もなく沈むだろう。その時日本の小説蜘蛛の糸のように銘々が自分が助かりたいと思うあまり稼働できる少ない脱出用の救命艇や他地域から来てくれる救助艇に多数の乗客が殺到する光景が浮かんだのでしょう。自分が助かるためには、乗客には船長が逃げる光景を見せないために船内にいてもらうのが、安全に船長が逃げる確実な方法と考えたのでしょう。
この船長は蜘蛛の糸のAが陥った過ちを繰り返さないために船内にいて外の光景を見せないのが安全とけん制放送をしたのでしょう。また裁判ではこのような理由づけをするかもしれません。フェリーボートの内部構造を一番よく知っているのは船長であり余人に替えることは出来ない。あとの数百人の救助のためには、船長の船の構造知識が絶対必要なのでまず自分が逃げた。船長の船の構造知識を救助に生かせる前に船が沈んでしまい数百人の犠牲が出たが船長としてはどうしようもなかった。自分一人が助かりたいために真っ先に逃げたのではなく一人でも多く助けたいために真っ先に逃げたと主張するかもしれない。私は起承転結-裏切りの予兆 などを経験して「人は自分が助かるためにはどんなひどいことでも何でもするものだ。それが人類の祖先から今まで命をつないできた本能」と骨身にしみているので必ず疑うと思うが、純真な高校生には船長は自分たちを助けたいために船内にいろと放送してくれているのだと善意に考えるのもむべなるかなです。

2014年6月15日日曜日

大玉トマトは土を落とし数センチまで根切りして植付けました 携帯で写真なしでも写真は4枚あります。パソコンからは見れます。

裂果に強いとか触れ込みの大玉トマトを5月末に買い水だけを与えて倉庫で育てていました。そしてジャガイモの収穫の後6月7日に植えました。昨年まではこのまま植えていました。
幸先良く500円玉のようなトマトの実がなりました。根付いたら除きます。未成年の高校生が出産するようなものです。
多くの肥料を与えられた培養土を思い切って洗い落しました。そして鉢で曲がった根を切りました。数センチの長さになりました。
無肥料の家庭菜園に植えられた大玉トマトのこれからの行く末は厳しいものが予想されます。今まで黒いプラスチックの中の培養土で肥料たっぷりで育てられました。これからは根を伸ばしても伸ばしても肥料がない無肥料栽培の世界です。苗が人工の肥料がないのを悟り大玉トマトの先祖が肥料なしで生きていた時代を思い出し新たな無肥料で成長する術を思い出すまで成長、新しい葉っぱを出さないかもしれません。さらに根を切られたという大きなストレスをも克服しなければなりません。赤い実を収穫するのは早くて完全に梅雨明け後です。裂果に強い大玉トマトになるでしょう

大麦効果の検証 携帯で写真なしでも写真は1枚あります。パソコンからは見れます。

大麦効果ですが、たった一つだけ見つけました。手で触った感覚がさらさらと砂のような触感に変わりました。触感は乾燥しているようですが匂いをかぐと水分が多そうな匂いがします。ジャガイモを植えた直後は大麦の根が土全体に行きわたり芝の苗の根のように硬かったのですが、大麦を刈り根が枯れて腐ったのでしょう。土がふんわりと柔らかく、これなら作物が安心して根を張れそうです。空気がたっぷり入った土にしてくれたのが大麦効果のようです。

無肥料栽培ジャガイモの出来は昨年並みでした 携帯で写真なしでも写真はあります。パソコンからは見れます。

2014_05_24試し掘りから2週間後2014_06_08支柱を外すとジャガイモは独力で立つことができずヘタリました。2週間前はシャンとしていましたが、芋に栄養を取られて茎が弱くなった。収穫の時期が来たと確信しました。
掘ってみると昨年より少し少ないかもしれないが個体によってばらつきがありトータルすれば、ほぼ昨年並みと考えられないまでもないような気がしあした。ようやく2014_05_24試し掘りは時期が悪かっただけでジャガイモ栽培に失敗したわけでないと思えるようになりました。精神的に少しは立ち直りました。