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2014年2月16日日曜日

車エビ簡単料理です。

数年前から車エビの養殖物が良く出回ります。沖縄産が多いようです。味は天然ものとそん色はなく天然の方が身がもっと太いようです。串を打って焼くには養殖物が適しています。胴周りが細い分火、熱のまわりが早く中まで焼け火が通ります。焼き上がってからプログにしようと思いついたので生きた写真はありません。
鮮度が良ければ味は天然ものと比べて変らないような気がします。鮮度の方は大鋸屑などで生かしたまま販売していますので鮮度は最高です。養殖物の難点嫌なところは、養殖池の水の色です。本来車エビは水がきれいな遠浅の奇麗な砂の中にいるようです。漁業の対象になるかどうか密度、量を問題にしなければ日本中どこの海岸にもいるような気がします。東南アジアなどのブラックタイガーの養殖池をテレビで見たのですが色が真っ黒で本当に汚らしかった。沖縄の車エビの養殖池もブラックタイガーほどではありませんでしたが、黒かったような気がします。早く成長させるため餌を十分に遣るので水が汚れるのは仕方がないでしょう。動かなく死んでいるのが明らかの時は、養殖池を思い出し気持ち悪くて食べにくいのですが炭火で焼く直前まで生きているからこそ食べれます。鮮度が良いのが一番で、日本酒に1時間以上どっぷり浸けて足関節など十分アルコール殺菌します。それから金串を打って塩を振り炭火で焼き熱とアルコール二重殺菌すのです。生きた車エビを買い鮮度が良ければ誰が調理してもおいしいのです。

2012年1月2日月曜日

削りたての本枯れで雑煮を作りました。

 味噌は震災復興のお役にとくせの強い仙台味噌を買いました。
この仙台味噌は当然化学調味料添加のかつお風味ではありません。鰹だし添加味噌はカツオのうまみが味噌の味を越えられない方が使うものです。私も20年わからなかったのです。先祖供養をしだした2009年、突然アイデアがひらめいて成功しました。あの京都の路地の料亭の板前さんも化学調味料を使わないで赤だしを作る方法を考えているそうです。私のこの仙台味噌に使った本枯れ入りのダシは赤だしに入れても赤だしのくせに負けないでカツオのうまみを出すことができます。
 昨日削った本枯れ節を土鍋に入れた水に入れ炭火にかけます。いよいよ出汁取りです。
 数分沸騰させた後、濾した本枯れ節の出し殻はビニール袋に保存して、ボカシ肥料の材料にします。少し窒素が多いのは気になりますが。最終的には循環型菜園に入れられまた野菜となって食卓に帰ってきます。炭火でゆっくり煮出した美味しい出汁がとれました。
 餅を焼きます。少し焦げ目をつかるとダシが表面に絡まり餅が美味しくなります。そして長く煮てしまっても餅が溶けません。みそ汁と溶けた餅が混ざらず、残った汁をみそ汁として飲めるのです。
 材料は牛肉とネギ、シイタケです。これまで一番の料理を出してくれた京都の料亭の干した豚肉とカツオだしの汁もの以来、肉とカツオは相性が良いことに気がつきました。勿論だしは本枯れだけではありません。濃い味噌味に負けないようミックスしています。
出汁を炭火で取り、炭火で餅を焼き、雑煮も炭火で煮込みました。すべて炭火で仕上げた雑煮です。本枯れで出汁を取ると口の中がさわやかになります。そして上品な酸味が残るのです。

2012年1月1日日曜日

本枯れ節を削ることから今年は始まりました(炭火を使いました)

表面のカビがチョコレートの粉がふいたような発酵が完了した鰹節です。出汁の王様、本枯れ鰹節です。日本古来の発酵食品、昔からあるバイオテクノロジの食品です。このままでは使えませんので、削り機で削るのですが、カチカチに硬く下手をすればカンナの刃を痛めます。そこで本枯れ節の中に残っている水分を温めるとかなり柔らかくなり削りやすくなります。今まではガスコンロで焙っていたのですが、炭火を使ってやさしく中まで温度を上げようと試みました。ガスコンロで焙ると表面がすぐに焦げて煙が出ますが削っていると柔らかい部分がすぐになくなります。そこで炭火の遠赤外線を使えばかなり中まで火が通り柔らかくなるだろうと期待しました。
 ガスに比べてやさしい炭火は、このまま本枯れをおいて仏壇に燈明を上げる間離れても、煙が出ませんでした。そして深部まで柔らかくしてくれたのです。
1時間ほどで削り終えました。この分を正月で使い切ります。ムロ節などほかの削り節と混ぜたほうが出汁を取るとよけい本枯れの風味を引き立てます。今日元旦はおせちで過ごして明日からはこれで、くせの強い赤味噌で雑煮を作ります。

2011年12月23日金曜日

悪霊にたたられるから行ってはいけない禁断の島は、行ってみると宝島だった。

 ネット情報などでは一般にイチョウ、桜は堆肥の原料として不適切で、植物の根の成長、発芽などを阻害する有機物質を含有しているそうです。腐りにくく分解に時間がかかるので腐葉土づくりには適さないそうです。松葉が堆肥になるまで3年かかる、どうしても松葉を堆肥にするならそれぐらいの覚悟をもってすべき、二の足を踏ませるようなテレビ番組情報が当てにならないのはこのブログで実証しました。そこであえて堆肥に向かないと喧伝されている桜、イチョウ葉、楠の葉を使おうと決心しました。それほどイチョウ葉が他の植物にとって毒ならその周囲に草木一本生えないはずですが、そうではないというのも事実です。桜の周囲も同様です。
写真は丸い桜の落ち葉です。透明なゴミ袋80cmX90cm2袋分です。桜餅にも使われ発酵時の匂いを消してくれるかも知れません。この家庭菜園は住宅にのあるのです。悪臭は迷惑がかかります。近くの公園に桜の木は少なくこれが精一杯でした。
黄金色のイチョウ葉です。透明なゴミ袋80cmX90cm8袋分です。この下はケヤキの落ち葉とクスの葉っぱの混合です。クスも脂と良い匂いのする揮発性物資を含み、腐葉土に向かない禁じられた落ち葉で、根の成長を阻害するかもしれません。コンクリート塊の除去で合計50袋入りました。
しかしながら3年4年かかるという松葉の堆肥が証明しているように松葉の落ち葉は、本当に堆肥になるまで4年もかかるのでしょうか流布されている農業情報が信じられなくなりました。桜もイチョウ、樟も宝を生む堆肥になるのではないかという気がしてきました。農業は競争が厳しく、競争者と差が出やすいのはやはり肥料、堆肥でしょう。その分企業秘密も生まれやすいのでしょう。
ずいぶん前、ヤマメ釣りに夢中になっていた時代、釣り雑誌などにある渓流のことが書かれていた。車止めから数時間かかるその秘渓では食糧不足の戦後、毒流しされヤマメはほとんどいない。ツキノワグマが多く目撃証言が多い。夏に行くと50mおきにマムシがトグロを巻いているとか書かれていた。実際に行ってみると、マムシ、熊は見えず50mおきに大ヤマメが竿を鳴らしました。情報と実情は大変な差がありました。マムシ、熊が多いのはそれだけ自然が残されヤマメの餌が多いという根拠です。実際渓流の表面を覆うほどの広葉樹がありました。

2011年10月22日土曜日

南側が道路になっている南向きの窓辺に置いたトマトは、一週間で赤くなりました

 南向きの窓辺に置いて日光に当てると、一週間で大玉トマトの色が白から赤に変わりました。白いまま収穫したのは正解でした。大玉トマト全体の負荷を確実に減らせたからです。大玉トマトも子孫を残したいでしょうから次の青いトマトを早く大きくして完熟させようとするでしょう。食事情が悪い国ほど多産で幼児期に死亡率が高いのと関係があるのかもしれません。
大玉トマトに包丁を入れました。研いだばかりでしたが引いて切った感じが少し硬いようです。
 花があった方向から包丁を入れましたが、最後に軸のところでさらに抵抗を感じた。青○の部分です。よく見るとこの大玉トマトに養分を供給していた部分が空洞になっています。水分が南向き窓の日光で蒸発して枯れた状態になっていたのです。硬いはずです。それでも勝負砥石で研いだ切れ味は枯れたほぞを上回り刃こぼれもしないでスパッと切れたのです。大玉トマトの味のほうは歯ごたえがあり幼児のころ初めて食べたトマトの香りがしました。酸味より甘みが強く水っぽい市販のトマトとは別物と断言できました。濃厚なトマトでした。改めて野菜くずを自家製肥料にした循環型菜園のすごさを味わいました。2階から撮ったトマトの写真です。今日数えると大玉トマト予備軍が6個ありました。早く白く大きくなあれ。霜が来る前に。

2011年10月16日日曜日

大玉のトマトが3度目の挑戦で一つだけ実がなりました。冬の使者:霜さんにはあと一カ月待ってほしいです。

2011年07月17日 日曜 家庭園芸のコーナーで1本の大玉トマトが売れ残っていた。苗は長さ30cmほどで、植付けの時期が2ヶ月ほど過ぎているのはわかっていました。梅雨はとうに明けており明けの猛暑のせいか先端部分しか葉っぱがなく、時期的に考えてもあと1週間で処分されるのは当然予想される運命でした。なんだか売れない買い取り手がいないペットショップの犬や猫を見ている気になったのです。このままでは可哀そうでなないか。幸い今年は里芋栽培をやめて家庭菜園は遊ばしている。何かの縁と考えてその一本を買いました。2ヶ月経った9月2mほどに成長しました。また茎だけが大きくなりろくな実をつけないだろうと自分で植えたにもかかわらず注目もしていなかった。7月に植えてまともな大玉が出来るとはとても期待ができないのです。これまでのように黄色い花が咲いてすぐに落ちるだろう。実を付けてもピンポン玉程度で霜か初雪で苗が枯れてしまうのが落ち程度に考えていた。
 少しピンボケしていますが、これが最下段最初に付けた実です。大きさはピンポン玉より小さく成長が止まりました。出来が悪い売れ残りを買ったのだから当然と期待していなかった分、損をしたという感覚はなかった。茎が2m以上に育っただけで満足していたのです。
 10月に入りもうひとつ見つけたのです。これが中断の大玉トマトです。右の赤い丸は絶縁テープです。このトマトが店で売っているトマトと同じ大きさに育ったという証拠品です。トマト栽培のプロである農家でも大玉トマトは難しいそうです。たった一つでも落ち葉堆肥が起した奇跡の証拠品のような気がしてきました。
3枚目の写真はトマトの一番高い位置に同じ枝から出た3個の実です。大きさはピンポン玉より一回り大きい程度です。同じ枝から3個は時期的には無理だろう。残り2つのトマトのために真ん中の大豆程度の青いトマトを除去したのです。糖度を知りたくなり吐き出す体制のまま口に入れました。渋くて苦いと先入観を持ったまま噛みました。信じられないことに濃い甘みがありました。落ち葉堆肥を入れてから3年目ですが、ケヤキの落ち葉堆肥の奇跡としか考えられません。最下段のトマトも上段の実のために撤果して食べる予定です。

2011年10月9日日曜日

これまで一番の料理は9枚の白無垢の小皿に盛りつけていました(京は和食の都、京都御所は和食のふるさと)

いつかは市内の路地の料亭で食べたいと願っていたが、その路地には見渡して数件の料亭がありました。どれも間口の狭い京町屋造りです。料理を出してくれるお店だとはわかるのですが献立表、オシナガシなどましてやサンプルも何もないのです。知らない町で値段のわからない店に入るほど不安なことはありません。どうも一見客を意図的に拒否しているようです。一軒だけ変な読みづらい字体で昼食3000円と張り紙していましたのでここに決めたのです。これだけの密度で飯屋があるとどこに入っても同じレベルに違いない。そうでなかったら淘汰されて閉店に追い込まれるからです。入り口の杉戸を開けると玄関では線香とは違うタイプの甘い香の匂いが迎えてくれました。もう一度引き戸を開けて「一見で一人でよろしいか」と聞くと招き入れてくれました。小さい庭に面したカウンタ席に案内されたのです。波目模様と自然石はあの有名な禅寺を模したのでしょうか
左はそばつゆでなく本場の番茶です。右が以後の料理にすべてかかわってくるお店の最高機密の汁ものです。具はそうめんとどこまでも膨らんだ薄く柔らかい京あげです。味付けの濃い尾張で育った信長が、最初に出会った京料理の汁ものに口を付けた時変な顔をしたという恐ろしく薄味の汁ものです。なんというか酸味が始めに感じられ苦くなる一歩手前の濃い鰹の味がするのです。20年前ならおいしいとは感じなかったでしょう。香港の中華コースにも最初に血抜きした鳥ガラをベースにした薄味のスープ(清湯)が出ます。あれと同じような気がします。共通しているのは最初のスープがあとの料理の下味となる点です。その多くの材料で作られた清湯は当然最高の企業秘密です。
そうめんの汁ものを平らげると出されたのが9つの白無垢の小皿に別々に盛られた料理でした。上段の左から3番目は2度目来店のサービスにつけてくれた活きの黒マグロの中トロだそうです。この前は湯通しした鰆2切れでした。海から離れた京都の魚に期待していなかったのですが噛むと甘い油がどっと出てきて歯ごたえのあるトロのようでした。黒マグロよりサワラのほうが個人的には好きでした。京都出身の方に聞いたのですが9品の小皿の料理は昔からの京料理の正当な形式だそうです。味はそうめんの出汁が効いているのかすべてこれまでで最高のものでした。因みにこの小皿は裏にも模様がなくどう考えても朝鮮李朝の白磁ではないのです。安物の小皿です。料理が素晴らしければ器などなんでもいいのです。器にこだわった魯山人も本当の自信がないから器に頼ったのかもしれない。
下段の左から3番は魚の握りではなくみょうがの握りでした。精進料理のようです。お米とみょうがの味しかなく9品の中で味が一番劣りました。みょうがの握りは自分にとって初物でしたので拡大しました。みょうがの左は玉ねぎの煮込みで恐ろしく甘く柔らかかった。
そうめんの汁ものから一転して少ししつこいしょうゆ味の効いた汁ものです。牛肉の薄切りのようですが、牛より味が出る豚肉をドライ乾燥したのを戻して薄切りして最初のそうめん汁の出汁で煮つけたものです。こってりとした味に強い鰹の旨みを感じました。塩味のおかげでより強くなった気がします。これに中華めんを加えると和風ラーメンに十分なりえます。和風ラーメン発祥は京都のような気がしてきました。ずいぶんあちこちの和風ラーメンを食べ歩いたがこの味には程遠い気がします。最大の原因は化学調味料が障害となっているのではと考えます。
小皿と言え9品を食して満腹になったのです。最後に九条ネギをあしらった煮込みご飯がでました。やはりそうめん汁がテーマのように下味を付けていた。満腹でもおいしい物はネジ込めるものでした。なんとか茶碗2杯分を残さずに食べきりました。
これまで京都市以外で1万円以上の大金を払って食べてきた京懐石、京都で修業した板前の京料理とかいった料理は何だったのだろう。確かに薄味で京都で修業したのは事実だとしても、途中で自分は芽が出ないと悟ったか、板前修業のあまりの辛さに途中で逃げ出した落ちこぼれの料理人が作った料理に大金を払った気がしてならない。もちろんすべての京都以外の京料理店を食べ歩いたわけではないので本物の店もあるでしょう。たまたま自分が運が悪かっただけかもしれないが、しみじみと京は和食の都の感が強くなりました。この和食の材料の名前がついた路地の名前を生涯忘れないと思う。

2011年10月4日火曜日

マツタケ専門店を見つけました。現在は松茸だけを販売しています

 京都市内のとある商店街に紛れ込みました。糺すの森に向かっている時、寄り道をしたのです。これまで見たこともないお店を見つけたのです。まつたけの単品販売の専門店です。大ぶりに編み上げた青い竹かごが壁にかけていました。これで中にまつたけを入れて店に届けられたのでしょう。以前の失敗で数千円を棒に振ったのを思い出し、ちらりと見ながらゆっくり通り過ぎました。さらえまか: まっ、まっ、まつたけを買いました 日本産との触れ込みです2009年9月に買った松茸が日本産でないのはよくわかったのです。相当な関心をもって通り過ぎた後、同じ商店街で喫茶店を探しました。とりあえず地元の評判を聞いてみようと50m離れた喫茶店に入りました。咽が乾いていたのでお水とアイスコーヒーも欲しかった。煙草も欲しくなった。そこでおしゃべり好きなママに外国産を日本産という触れ込みで販売していないかなどとそれとなく聞いてみたのです。そんな噂はないとのことでした。以前買った場所は一見客が多い有名観光地、近くに有名料亭が多いこの商店街でそんな商売をすれば客が寄り付かなくなるとのことでした。喫茶店を出てすぐに引き返しました。立ち止まって丹波産と表示の松茸を見ていたが店員は近付いてこないのです。この態度で性懲りもなく購入を決めました。子供のころ郷里で経験したあのコリッとした歯触りをもう一度経験したいの思いが強くなりました。

 これが丹波産のマツタケ2本で五千円でした。前のより水分が多くみずみずしそうでした。日本まで何千キロも輸送すると表面の乾燥は避けられない。今回のは匂いがあまりしないのが気になりました。
 炭火をおこしました。2009年9月の時も焼きまったけをしようとしたのですが、手で裂けないのです。裂こうとすると折れるのでした。仕方なく包丁で切って土瓶蒸しにしたのが本当の事情です。
しかしこの丹波産と触れ込みの松茸は手で裂けました。茎の繊維がしっかりしているのです。満足したのはコリッとした歯触りです。そして噛むと少しヌメリがあったのです。前のはぼそぼそとした歯ごたえでした。香りは今回よりありましたが。間違いなく日本産でしょう。
 看板に松茸専門店と書いていたのにびっくりしたのはまつたけの季節は今の時期だけで長くて3カ月です。12月から8月までは何を販売して暮らすのだろうかという余計な心配です。正月以降再び訪れてこの店が何を売っているのかまた楽しみが増えました。

2011年3月20日日曜日

タラの芽が弾けました。新芽が冬のこげ茶のベールを脱いだのです。収穫までもう少しです

 2010年7月2階に達したタラの木に菜園が占領されてしまう恐怖をおぼえて強めの剪定をしてしまい、成長が止まりました。剪定時と同じ背丈でこの春を迎えました。一時は昨年と同じようなタラの芽の収穫をあきらめましたが、茶色のベールの中ではタラの芽は成長していたのです。2011年3月19日茶色の冬用の薄皮を弾き飛ばして、緑色の発芽前のタラの芽が出たのです。
 昨年収穫した脇芽の場所の新芽です。地面の茶色いのは昨秋集めたケヤキの落ち葉です。ケヤキの落ち葉を敷き詰めたことで環境は野生のの山と同じです。
 大きさは少し小さいです。
これが一番大物になりそうな頂点の新芽です。昨年より小ぶりなのは仕方がありません。成長が止まってから今年の発芽をあきらめたのですから、ないよりはましです。もう少し大きくなって蓄えた栄養を爆発させてほしい。収穫時にはもう一度アップします。

2011年2月12日土曜日

焼き肉用鉄板にこびりついた脂の焦げ付きはプレートや金網を使わなければ落とす必要はありません2。(焼肉調理後掃除不要です)

焼肉を食べている時も焼いている時も頭から離れないのは、面倒なあとの処理です。こびりついた肉脂の掃除、清掃です。以下に思いついた解決策を書きました。

1 よい洗剤を使って楽にする。高価な洗浄剤、重曹を使うなど
2 金網、鉄板など洗わないで使い捨てにする

1 どんなよい洗浄薬を使っても針金がクロスする部分などを洗浄する労力から逃れることはできません。掃除洗浄しなければならないのです。
2 餅を焼く金網を使うと肉の匂いで次に餅焼きとして使えません。金網を使い捨てにして燃えないゴミとしてゴミ収集に持って行ってもらうのも、最近では1か月に一回です。燃えないゴミはすぐにはなくならないのです。また使い捨ては、資源浪費となり現在の風潮に合いません。いろいろ考えるより最高の解決策は、金網や鉄板を使わないで炭火焼肉を楽しむのが最良の策です。
               
前回は手を汚さないで串に肉を刺し七輪にのせました。その肉を置いた七輪を換気扇の直下に運びます。そして煙をすぐに厨房の外に出しながら焼くのです。こうすると脂の煙は室外に出て匂いがこもりません。肉から上に出た熱気を再利用するために、アルミホイルをすぐに肉の上にかぶせました。当然赤外線の反射を利用するために、よく光る面を下にしました。油は七輪の中や炭火の上にすべて落ちます。金網や鉄板の上には落ちません。使用していないため当たり前ですが。
焼きあがった炭火焼肉です。味の方は残念ながらフライパンで焼いたのとそんなに変わりませんでした。赤ワインが炭火焼肉に良くなかったのか今後の課題です。ただ脂がよく落ちたのかサッパリした焼肉でした。健康的な焼肉でした。次回は塩コショウ、ブランディーだけで再トライです。
かぶせたアルミ箔を食器として使いました。こうすれば皿洗いが不要になります。
使用した金串はウェットティッシュで拭けば清掃完了です。
炭火でしたり落ちた脂は炭火に落ちたか、それ以外は七輪の内側のヘリにへばりついています。しかしこの黒いしみはもう肉汁、脂ではありません。肉脂はすべて熱気で蒸発してしまい黒いシミは炭素です。つまり次回七輪に炭火を入れても匂いや煙を出さないのです。放置して何の問題もないのです。

2011年2月6日日曜日

本物の炭火焼き肉を家庭で楽しみました1。(焼肉調理後掃除不要です)

炉端焼きなどの看板をあげて焼肉をお客に提供するのは楽ではありません。
熱源は大抵本物の炭火ではなく汚れが取れやすい電気発熱器のようです。炭火と違って繰り返し何度も使えるからです。それに金網などに焦げ付いた汚れ取り、肉の脂の煙でべたついた店内の汚れ取り、客商場ではそれらを放置できません。
               
今回本物の炭火の遠赤外線利用、油の煙を発生と同時に室外に出す、焦げ付きを何もしないで残さないを実現しました。肉は霜降り脂が多いと冷凍しても味があまり変わりません。今回は値下げ前は100g1080円で売られていた最高級のステーキ牛肉です。すべて霜降り脂で半値の時冷凍したものです。冷蔵庫から出して2時間ほどで解凍できます。ラップに切れ込みを入れて、南米産の安物の赤ワインと塩をラップの切れ込みから多い目に浸して肉に半日しみ込むのを待ちます。
 適当に出刃包丁で切ります。肉の隙間に見える赤いのは肉汁と赤ワインと混じったものです。そうそう岩塩も混じっています。
 七輪の幅より少し長い金具串を用意して手を汚さないように刺します。魚のコラーゲン DHA EPA 血圧降下作用を自然に摂る(生臭い移り香の被害をなくす) 参照願います。
            
 肉を串ごと取り出します。肉と肉の間に隙間を空けます。
肉の部分の幅が七輪に収まることを確認します。今回はここまでです。

2010年9月27日月曜日

ブログを利用して好みの鰹のタタキにする

 秋カツオの旬が来ました。時々利用する日本料理店でカツオのタタキを注文しようとしました。ところが私には一つタタキの難点があるのです。そうです鰹の血あいが嫌いなのです。そこで携帯のグーグル検索画面で検索キー「タタキ 嫌い」入力、検索実行で
カツオのタタキの嫌いな人読んでください。(私のタタキの流儀) を表示させます。現在おかげさまでトップ表示です。

GoogleBloggerですと自動的に携帯グーグル検索画面に載せてくれます。携帯によっていつでもどこでも自分のBloggerブログを見たり見せたりできます。この便利さを利用しない手はありません。


 そして日本料理店の給仕の方に携帯のこの二つの写真を見せます。

 タタキの料理をする板前さんにこのように血合いを取ってほしいとリクエストします。血合いを除去しないとタタキは食べられないと伝えます。注文を取りに来た人は私の携帯を持って厨房に走り板前さんと交渉です。

 もし出来ないというお返事なら、もう一度注文を取りに来た女性に「このプログは自分のブログです。写真は自分が料理した写真です。素人の自分に出来て板前さんに出来ないのは、天然の仕上げ砥石を使っていないから刺身包丁の切れ味が悪いのではないか」と挑戦的なことを言います。そうすればプロのホコリにかけてこちらの注文を受けてくれるかもしれません。鰹の血合いの除去は赤身と血合いの接地面が平面でないので一度の包丁で取り去るのは無理です。血合いは赤身に足の裏の魚の目のように食い込んでいるのです。

 この料理店ではすんなりと私の注文を聞いていただきました。少し失礼な挑戦的なことを言う必要はありませんでした。出てきたのがガラスの皿にきれいに盛られた鰹のタタキです。

 最後がハマチの刺身です。血合いがありました。この店の方針は血合いを取らないようです。
ハマチの刺身に関しては注文を付けなかったので文句は言いません。でも血合いが苦手なのは同じです。

 自分好みのカツオのタタキにしてもらい健康のため嫌いな刺身を食べました。

2010年1月2日土曜日

寒波に負けない里芋の年越し(親芋のリサイクル)

 寒波にあった里芋です。南方を原産とする里芋は霜で葉っぱがしおれています。このままでは肝心の小芋まで霜の被害にあいそうです。
 昨年の芋です。寒波を避けるため屋内に入れたものです。食べる前にカンパでなくカンソウにやられました。多くの芋が干乾びたのです。昨年の轍を踏まないために寒波と乾燥を避ける工夫をしました。
親芋の周囲には大粒の小芋がびっしりついています。4年連作ですがケヤキの落ち葉の堆肥のおかげか最高の出来です。土も日照りが続いても水分を含んで黒ずんでいます。完全有機栽培が実ってきました。
小芋の周囲を注意深く掘ります。そしてスコップで小芋がバラけないように深く掘り起こしました。
小芋と親芋がくっついたまま土も落とさないで穴に埋めます。
穴を稲藁でふさいで上に土をかけます。これで寒波に負けないで年を越せるつもりです。親芋は食べないで来年の種イモにするつもりです。栄養のお弁当が大きい分スタートダッシュが強く切れて大きな葉っぱが、南側が道路の家庭菜園の春の陽光を逃さないでしょう。
来年は種イモを用意する必要がなくリサイクル再利用と一石二鳥です。