2008年3月12日水曜日

土地バブルへの小さな切符

平成17年2005年秋一戸建て住宅購入を大きな焦りとともに決めたのは、自分が住んでいる周辺の住宅地が大底で年明け春にも反転すると思い込んだためです。東京港区、六本木などのマンション用地のことではありません。これらはすでに2000年ごろから高騰していました。そのようなものに手を出す資金もありませんし、事情もわかりません。近所の不動産屋で来年には地価が反転し始めるかもしれないという理由を30分ほども話した。ほかに客もなくじっくり自分の言い分を聞いてくれた後、「お客様の頭の中でお考えになったことは、一理あります。しかし不動産屋の立場では今年2005年は昨年より悪いのが現状です。好転の見込みは感じられません」要するに素人が考える机上の兵法と口には出しませんでしたが。
自宅の手付金とお役所の固定資産評価です。建物は100万となっていますが価値はゼロです。
とにかく2005年10月物件の下見、手付金を支払、12月の契約まで大きな精神的エネルギーが要りました。


ボロアパート時代銭湯に通っていました。通り道に更地があるのは知っていたのですが、通るたびによい土地、地価が高騰しなくても誰もが欲しがるに違いない。買っておけば地価が上昇しなくても1割2割の損金で現金に変えられる。歩いて5分で駅、2分で二つのスーパマーケット、2分で銀行3つ郵便局があり、救急病院は自転車で10分、2件隣りは女子短大、車が容易に敷地に入れる道がある。足腰が弱くなったお年寄りには最高の物件と考えました。いつも見ているうちにある寒い新月の夜、更地に札束のような幻覚が見えました。これが失敗の元でした。家を買った不動産屋に相談すると、裁判所が売り出した物件で所有者は落札した別の不動産業者にあるとのこと。新築とセット販売で売りに出していたが誰も買い手がなく、〇△万円なら土地だけでも売ってくれる、すぐに返事が欲しいとのことでした。今思えばこちらに時価などを調査したり考えさせる余裕を与えたくなかったのでしょう。


目をつぶるとあの札束が見えたのです。今度は自分から申し出た不利な交渉です。もう少し調査すれば〇△万円は時価より3割高なのを知らずに「わかった、それで買います」と答えてしまった。2006年3月下旬の自分でした。
値切らずにあの価格で買ってしまったのは、やはり失敗と認めざるをえません。しかしあれから2年たった現在不動産屋のチラシでは、これはいい物件と見えるものにはほとんど建築条件、一年以内に新築着工を指定の建築業者に依頼するという条件があります。更地のまま販売しているのは、立地の悪い物件ばかりです。
この理由は2006年2007年と少し売買が活発になり、小さな不動産屋でも資金力が増し、チラシなどで情報を公表する前に買い取って、より儲けの大きい建築条件付にして販売しているのでしょう。90年台のバブルのようにまじめに仕事をして、汗を流した対価としてお金を受け取るべき一般大衆個人が、更地を買い何年か後に年収の何倍もの利益を得るといった、不公平感を助長するようなことをさせたくないというお上の意思と不思議と一致します。人間は同じ間違いを何度も犯す者なのです。喉元過ぎれば何とかで、土地バブル崩壊から15年過ぎ夢をもう一度と考えてもおかしくありません。現在は確かに建築基準法の改正で認可が下りるのに時間がかかりますが、行政の問題で必ず解決するでしょう。お上もバブルが起きるのを予想して、建築条件付販売を奨励しているのかもしれません。当時は市場価値ゼロの古家付、更地と同じ優良物件の売り物が多かったのですが、最近はトンと目にしません。ローカルの小さい不動産業者への融資査定を緩くしているのかもしれません。
そうゆう意味では、3割高で買ったのもあきらめられます。現在もしこの土地が売りにだされれは、当然建築条件付の物件となるでしょう。更地のまま買って数年税金を払って転売することができない物件だと思います。3割高で買えば、グラフのように少し上がったくらいでは利益は出ません。当分毎年4月になれば土地の税金を負担しなければならないのです。今はただバブル再来を祈るのみです

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