2007年11月27日火曜日

ビール樽型の備前焼急須が深みのあるお茶を作る秘密1

ビール樽型備前焼急須の内側です
内側の肌の色がチョコレート色新品の銅版のようなテカリがあります
一つだけあった深みのある味の茶湯を抽出したビール樽型備前焼急須ですが、備前祭りから一ヵ月後少しの高さから木の床に落としてしまった。大きな音を立てて粉々に割れてしまったのです。この程度の高さなら備前焼急須は割れない高さなのです。コンクリート床、浴室のタイル張り床ならあきらめるのですが、当時住んでいた昭和30年建築の一番安いボロアパートです。炊事場の木の床は固い」弾力を失い足を乗せると恐怖を感じた。焼き物にはやさしい炊事場の木の床だったのです。内側に傷がなかったら無事だったのかも知れません。いつまでも割ってしまったのをくよくよしたのは備前焼祭りのどこの会場で買ったのか思い出せないからです。つまり店が分からないので同じものを入手できるか保障がないからです。一応割れた破片を大切に保管して次の備前祭りにそなえました。
 ビール樽型備前焼急須と深い味についてその秘密について考えました。備前焼急須を愛用するようになったのも水に触れる急須の内側でおいしい水を作るという備前焼の作用がきっかけでした。急須の内側の肌にその秘密があると思いこのチョコレート色で新品の銅版のような肌を急須の内側に持つ備前焼急須でお茶を入れれば深みのあるお茶を飲めると予想しました。
 翌年の備前焼祭りで、内側の肌が同じような備前焼急須を何個も買い込んだ。また早朝から伊部駅周辺の備前焼祭りの会場コーナーをしらみつぶしにビール樽型の急須が販売されていないか探し回った。夕方近くに灯台下暗しで駅近くのお店に販売していたのを見つけた。3個買い込み新幹線で備前を後にした。
 翌日から内側がチョコレート色の備前焼急須でお茶の試飲をはじめた。しかしどれも深みのある煎茶は入れられなかった。以上より深みのある味を出せるのは内側の肌とは無関係ということになった。茶の木の新芽を噛んだような深みのあるお茶を入れるためとはいえ、アホですな。自分ながら。

2007年11月25日日曜日

おいしい物を食べるには健康 2回目の診察

 血糖値を下げる薬を11日間の服用の結果 朝食後2時間後尿には依然糖が出る。血糖値(ブドウ糖mg/100cc)は半分に下がり正常値になった。主治医の所見 正常値だが食事直後は200mg/dlを越えるはずだよ。薬は効いている。この調子で頑張ってください。
 とにかく毎日が空腹感。食事はおいしくなった。薬の服用をやめれば元に戻るのは理解できる今度は同じ薬を3週間分処方してもらった。要するに自分の血液は汚れているんだ。コレストロールなど汚れの元が全身にあり、体重を減らさなければすぐに高血糖値になる。採決後一滴をたらせば血糖値が数秒で判定できる様になっていた。
 糖尿病は難病という意識があり、一番恐れたのは血糖を下げる薬が見つからないかもしれないという心配でした。大学病院のお医者様が断言したように、どんな丈夫な腎臓でもこの血糖値が続けば腎不全、人工透析となる運命が降りかかってくるという心配でした。とりあえず自分に合う薬が見つかって一安心です

2007年11月23日金曜日

落葉の中の備前焼急須

     複雑な備前焼の肌の色
おいしい物を食べたいために、今日も落葉集めに行きました。かなり落葉の厚みとカサが出てきましたが、堆肥になるとどれだけの量が残るのか。こうした不安を取り除くためにももっと落葉を集める必要があります。緋色を除いては渋い色が多いのが備前焼です。華やかさはなく色彩は地味です。気味の悪い話ですみませんが、毒蛇マムシの模様にも見えます。お茶のワビサビはよく知りませんが、こういう色合いの感じでしょうか。毎日接し眺めるものですので、冬の雑木林の落葉の中では保護色になるとかねてより見ていました。都会ではおいそれと冬の雑木林に確認にいけません。落葉を家庭菜園に入れた機会に一度してみたいと考えていた撮影をしました。実際に来年有機肥料になる予定の落葉に、備前焼急須をセッティングすると、思ったより急須としての存在感があります。まだ落葉が赤黄色などの色を残しており、備前焼急須の胴や蓋、注ぎ口の円形が多いデザインが落葉のギザギザ形と妙なコントラストを作ったようです。冬になりもっと枯れて灰色や黒ぽい落ち葉が増えてくると備前焼急須になじむのかもしれません。

2007年11月17日土曜日

ケヤキの落葉のリサイクル(おいしい物を食べたい)

家庭菜園の土、今年おいしいサトイモありがとう
来年もよろしく

 魯山人もしなかった創作料理方法、自分で野菜を作り料理する。テレビで見た限りでは、魯山人は材料にこだわったようです。メロンのような匂いのする由良川水系美山川の鮎を取り寄せたり、仕入れ素材を厳選したそうです。厳選、あくまで他人が育てた野菜、釣った魚を厳選したのです。自分で野菜を作ったり素材を取ってきたりはしなかった。これをすれば、おいしい物を食べたい姿勢としては、魯山人を超えたのではないでしょうか。多くの食通をうならしたという魯山人は、おいしい食材を見分け、最高のものを選ぶ能力があったのでしょう。しかし確かなことは他人のを厳選すれば所詮それ以上のものを選べないという事実です。自分で栽培すれば日本一の野菜を作る可能性はあります。農業は奥が深い。
 たとえば子どもを有名大学に入学されるを生きがいにしている方がおられたとする。ある人は小学校低学年の成績などでもともと有名大学入試を突破できそうなお子さんを厳選して、自分の塾に入れ有名大学入学者数を誇示して、塾の宣伝に利用する。またある人は、奥さんが妊娠した時から子どもを有名大学入学を人生目標とする。いやもっと前から有名大学には入れそうな子どもを生めそうな男性女性を配偶者とする方もおられるかもしれません。赤ん坊から塾入学まで育てる、親としての責任を楽しむという自分の関わりがより多くなります。妊娠した時点でどのような能力を持っているのか不明なのです。どちらが成功の楽しみが大きいか結論は不要でしょう。他人が作った野菜を選ぶのと、土から育て自分で栽培した野菜も同じようなものでしょう。自分で育てた野菜は失敗したり、特別おいしくなくともかわいいのかまずくはありません。親の期待に背いたできの悪い子がかわいいのと同じです。
 よく料理はしゃれたレストランでバックグランドミュージックを聞きながら、盛り合わせ料理を入れる器が合っていればおいしくなるとか聞きます。魯山人も器、食器を備前焼にすれば料理がおいしくなることに気がつき、自分で料理に出す食器を窯で焼いたそうです。現在のところ私には食器を料理に合ったものにすればおいしくなるというのがどうしても理解できません。京都に出かけもっと本格的な京料理の場数を踏めば到達できる境地なのでしょう。第一影法師は、音楽や焼き物のすばらしさがわからないのです。備前焼急須を愛用しているのは備前焼の肌が好きなのではなく、備前焼急須がお茶をおいしくする機能を愛用しているのです。
 自分が食べる野菜を自分で作るのは、田舎の農家では普通のことです。しかし堆肥まで仕込むことはしないはずです。その理由は野菜を買う費用をかけたくないというのが最大の動機だからです。せいぜい化学肥料を与え冬に一度耕し、春の植え付けでもう一度耕す。農家が自分が食べる野菜は、その程度です。私はよりおいしい物を食べたいために手間コストを度外視して土を作っているのです。肥料は油粕の醗酵したものなどすべて有機肥料です。疑えば生育のため少しは化学肥料を混入させているかもしれません。このケヤキの落葉は紛れもなく100%有機肥料です。確信がもてないのは、購入した肥料は他人が作った肥料を選んだもの、落葉は自分が作ろうとしている肥料の差なのです。来年は可能なら芋によいとか言う松葉の落葉を集めようかと考えています。
 環境保護リサイクルなんて格好のよい名前をタイトルに付けていますが、動機はあくまで「おいしい物を食べたい」不純なものです。結果的には公園の落葉は地域ボランティアの方で集められ、お役所のお金でゴミとして焼却されます。CO2は出るは償却コストはかかるは、それを考えると少しは環境保護になっているのは間違いない。
しかし糖尿病になったのでは話にならないか。まだサトイモを食べてはいけないと主治医に禁止されているのではないし、まあいいか。

2007年11月15日木曜日

どんな条件でも、おいしい物を食べたい

医者から糖尿病を宣告された2007年11月14日水 夜の寂しい夕食です。早く完治するようにこの心がけを忘れないように高血糖値に立ち向かう決意をした。食べかけですみません。病気治癒のためと許してください。







 子どもの頃はお粥と言えば茶粥で、冬季に多く食べていた。作り方は冷たくなったご飯から作っていました。すでに生米を調理したあとだけにすぐにお粥に仕上がります。でも生米から炊いたほうが断然おいしい。前の写真のようにご飯、お粥専用の陶器の釜でじっくり炊き上げました。お水は浄水器を通ったものを使います。中に備前焼の玉2個を入れますと早く米が煮れます。ほうれん草は酢を入れた水を大鍋で沸騰させ煮過ぎないよう注意しました。最近のほうれん草はアクが少ないよう品種改良されたのか食べやすいです。ほうれん草はこれまでおいしいと感じたことはありませんが、機会があれば健康のため食べました。大衆食堂でメニューにあれば選んだし、駅弁などに入っていれば必ず食べました。 今日の夕食は、結論からいえば本当においしかった。薬のせいで血糖値が低くなっているのか空腹感は相当なものです。夕食はおいしかった。現在の体に必要なものはほうれん草かもしれません。まずかったグァヴァ茶が血糖値上昇でおいしく感じられた。15年ほどでおいしいお茶が変ってきた。子どもの頃家近くの川で取った鮎がさくさくあっさり味で少しもおいしいとは思えなかったが、30歳過ぎて再び食べると鮎はおいしいと感じた。鮎の苦味も味わえるようになっていた。
ようやくわかりました。おいしい物とは、固定的な食品、料理ではなくその時の自分の体調年齢で変っていくものです。だから糖尿病であっても、糖尿病の状態でおいしい物があるのです。


2007年11月14日水曜日

おいしい物を食べたい...しかしあまりにも、その代償は(美味しい物とは自分と食べ物との相対的なもの)

 今日大学病院で人間ドッグを受診した。「血糖値が一年で異常に悪化しており、重症患者と同じです。」とお医者様に宣告。「まだ治療を受けていないならすぐに家近くの専門医にかかって下さい。今週中にも脳血栓、心筋梗塞で倒れるかも知れません。肝臓、肺、腎臓は不思議に正常です。血圧も平均より低い。腎臓が正常なのが救いです」威しで言っているのではないとわかり、今日夕方、主治医を見つけた。 自覚症状はなかった。夏ごろから煎じているグァヴァ茶がおいしくなった。以前は味にクセがあり、飲みにくいと感じていたが、まさか体が糖尿病用のお茶を欲しているとは。主治医にそんなことを言えば機嫌が悪くなるのでここで書きます。 夜トイレに2度も起きて行くのは悪化している証拠だそうです。尿の色が濃くなっているのは気づいていました。春から体重が5キロも減っていたので、脂肪を分解しているとよいほうに解釈していた。糖尿病は悪化すれば痩せるのです。とあっさり否定。食後の尿にブドウ糖が混じっているとは夢にも思えなかった。
 痩せてきたのでうれしくなり、ここ一ヶ月ほど各日程度で3キロほど散歩をしていた。3キロを10キロにしましょうかと主治医に申し上げると「10キロは危険です。脳の血管が詰まるかもしれない。散歩中に倒れるかもしれません。この薬で血糖値を下げてから散歩してください。」
 この薬とは腸の糖吸収を阻害する薬のようです。食後も空腹感が消えません。今夜のレシピはお粥と野菜の中で唯一嫌いなほうれん草のおひたしだけです。ちりめんとほうれん草の匂い消しのスダチをかけます。一週間前食べたイベリコ豚のトンカツとはえらい違いです。しかし失明、脳血栓が原因で車椅子の生活、週一度の腎臓透析を回避するためにはしょうがない。
一度三日間の絶食のあとの握り飯を経験したが、その時の握り飯のおいしかったことは忘れられません。処方してもらった糖吸収阻害剤のせいで三日間絶食までは行きませんが、かなりの空腹感です。お粥とほうれん草のおひたしだけでも、「おいしい物」になると信じます。
飽食の時は、イベリコ豚、近江牛など高価なものがおいしい物となりますが、空腹などの自分の状態が下がれば粗末なものでもおいしい物となりえるのだ。