2009年2月15日日曜日

面直しした青砥と和包丁薄刃の平面が合わさればくっつきます

 中研ぎ砥石の一つである青砥で平面研ぎをしていました。天然砥石を使いだして平面砥ぎをするのは初めてです。研ぐストロークの中で包丁を青砥の端によせた時です。薄刃包丁を抑えている左手3本指に伝わる抵抗が急に小さくつるつるした感覚になりました。しばらくすると重くなり青砥がガクッと動き出しました。砥石の中央部では変化はありませんでした。もしやと思い青砥が動いた端に包丁にを密着したまま滑らせて手を放しました。そして包丁の柄を再び握って持ち上げようとすると青砥がくっついたまま持ち上がったのです。こんなことがいつもできる自信はなく滅多にないチャンスと思ってカメラでの撮影に移りました。
 青砥の面直しは平面砥ぎに備えて念を入れてしたのですが、薄刃が砥石にくっついたときはもう赤丸を付けた中央部は平面が崩れていたのか青砥の端の方しか包丁がくっつきませんでした。数年前砥石と包丁をくっつけた組み合わせは人造の6000番と青紙2号の薄刃本焼き包丁でした。

 もうずいぶん前ですがテレビでかんなの刃を黄色い巣板の仕上砥石にくっつけて砥石を持ち上げた映像を見たことがあります。仕上げかんなでヒノキの柱を削りその削りくずをマイクロメータで測定してその薄さを競う大工さんの大会に出場する選手が大会前に見せたパフォーマンスです。

 一般に包丁を研ぐ技術は本焼きの方が地金軟鉄と刃金を合わせた霞より格段に難しいように喧伝されネットにも書かれています。私見ですが本焼きの方が簡単です。霞は硬度の違う金属が組み合わされており、均一に圧力を加えてもどうしても軟らかい地金の方の減りが多くなります。対して本焼きは均一な硬さの刃金だけなので研ぎムラがあまり起こりにくいのです。硬いので気長に研ぐという心構えがあれば本焼きの方が研ぎやすい気がします。とりわけ平面砥ぎのようなシビアな研ぎではそうです。カスミ包丁で完全な平面を作りその証明として砥石と包丁をくっつけることは自分の腕では無理かも知れないと思っていました。仕上げより砥粒が大きくその分空気が入りやすい青砥でできるとまでうぬぼれていません。偶然にしろ今日の自己満足は大きかった。
 写真ですが撮影には苦労しました。20枚以上撮リました。カメラを床に置き右手で包丁と砥石を持ち合げ左手でシャッターを押すのですが、ファインダーを覗けないので写っているか確認できないのです。右手の手ぶれや被写体を画面の中央にとらえているかなどを満足した写真は3枚だけでした。もうかなり薄くなった青砥を高く持ち上げると、床に落とした時割れるかもという懸念もありました。いくつかの偶然が重なってできたのがこの写真です。お願いします。ようく見てください。



2009年2月14日土曜日

ごぼうもネギも春物に変わっています。

  毎週のようにメバルの煮汁で青ねぎとごぼうを煮込んでいます。季節は春まだ遠い厳寒ですが野菜は正直で確実に春の訪れを教えてくれます。見た目は秋のねぎとごぼうと変わりがないのですが煮ると夏秋のごぼうとまったく違い柔らかいのです。夏の九条ネギとえらい違いです。ごぼうも歯ごたえがまったく違います。ごぼうなどは包丁を入れると以前は薪を割ったようにサクッと切れますが大根を切ったように野菜らしくなります。上は平面研ぎした和包丁です。これでネギごぼうを切りました。 ハマグリ刃と比べてベタ・平面砥ぎは刃先の角度が鋭いのでよく切れ繊維質の野菜を切るとき食い込みが素晴らしいです。ただキュウリの輪切りやかぶらの千枚漬けのように平面状に連続して切るときは、キュウリやカブラが包丁の表にくっつきトントントンの作業が止まります。包丁を料理方法と食材に歩み寄らせて手持ちの薄刃のハマグリ刃に交替させればいいのです。平面完成まで砥面にまんべんなく均一に表面への圧力をかけながら研ぐという緊張感がたまりません。黒い研ぎ汁の出方まで神経を使います。包丁の表面への圧力が偏れば平面が崩れます。ただ刃先の角度が鋭いのでハマグリ刃と比べて刃持ちが悪くなるのは避けられません。
 ねぎは冬の野菜です。野菜は旬が一番です。

2009年2月1日日曜日

平面研ぎをすると仕上げ砥石が当たります(天然砥石の宿命)

 砥石が当たりますとは懸賞ではありません。当たるとは違和感です。ゲレンデスキーで雪面がブッシュなどでごく小さく茶色になっている部分があります。スキーがそこを通過するときに感じる違和感といえばお分かりでしょうか。以前かんな(当然平面研ぎ)を研いだときなんかおかしいと感じたのですがあれから半年経って大きくなりさらに悪化していました。新しく買ったぺティナイフ感覚の薄刃を仕上げに当てるとジィージッと地を引きます。ジィージッは刃先を抑える左手に伝わる感覚は適度な刺激で悪くはありませんが、頭の中では悪い刃が出来つつあるでよくないのです。かんな刃を研いだときには地を引くまでは悪化していませんでした。これまでの包丁のハマグリ刃を当てるとこつんとした当たりがほとんど分からないのですが。面的により神経を集中させる平面砥ぎは奥が深い。当たる原因はわかっています。
この二つの砥石のゴミを拡大したのが下の2枚です。
天然砥石のゴミはどんな高価な天然砥石でも避けることができない宿命です。購入時わかるのは表面だけです。中にどんな爆弾が隠れているか神様のみぞ知るでしょうか。ハマグリ刃だけを研いでいた今まではゴミを取る気がしなかったのですが、きちんとした平面研ぎをしようとすれば放置できなくなりました。回転数を自由に変えられるドリルとドリルの刃先を用意します。ステンレスでも穴をあけられる少し高いドリルです。ドリルの刃は砥石を削ればもう使い物にならないのを覚悟しました。
ドリルの刃先はすぐに切れなくなり江戸明治時代の歯医者さんのように小さいタガネでゴミを取りました。木槌を使うと衝撃で砥石が割れるかも知れません。今の給料では手が届かない仕上砥石なのです。手の力だけでタガネを使って慎重にゴミをえぐりだしました。虫歯もドリルでなく歯医者さんの手で取ってくれたらあんなに痛くならないのですが、治療費がかさみます。中でゴミは広がっており穴は大きくなりました。

 ゴミを取った後ぺティナイフ感覚の鎌形薄葉を研いでみました。研ぎ汁は以前と同じにでます。しかし除去したあとの穴が大きい。最悪の場合購入した京都の砥石店で5mmほど削ってもらわなくなるかも知れません。そうなればサラリーも薄い上にお気に入りの砥石も薄くなりさびしい限りです。ハマグリ刃と砥面は線で接しています。対して平面刃と砥面は面で接しているのです。デリケートさが違うのです。