2013年11月10日日曜日

起承転結_転3(入社5年目の躓き 転勤できたが精神安定剤で心ぼろぼろ)

自分が望まなかったにしろ、仕向けられたにしろ、どういう理由であれ、自分に対する信用を裏切って仕事に穴を空けたのだから部内での制裁として「反省の態度が確認できるまで無期限に仕事をさせないというのは自分ながら納得できました。」またそれ自体それほど苦痛ではなかった。
私への陰湿な集団いじめは秋から年が明けても続いた。大いに傷ついたのは、私を見限ったことを証明するNさんからのイヤガラセでした。Sさんと同じことをして返り忠に励まれたのでした。
姉川の合戦後、朝倉家が一乗谷で滅亡する時、よくあることが朝倉家でも起こりました。(武田家では梅雪)自分の諫言を受け入れなかったのでこうなった。自分は嫌だが朝倉家の血を絶やさないために最後の土壇場で主家である朝倉家を累代の越前大野地方をもらっていた重臣が裏切るという醜い反逆です。当主朝倉義景は最後まで主人と運命をともにするという兄弟のように育てられた成人した近従小姓と親衛隊である馬廻り衆と一乗谷の城郭に籠っているのです。周囲の成人した近従小姓と親衛隊である馬廻り衆は朝倉家の名家から選りすぐられた勇者で構成され討ち死にを覚悟した朝倉家最強の部隊です。越前大野地方の裏切り者は命の保障と子孫を残せる食いぶちをもらうため返り忠として損害の大きい近従小姓と親衛隊を全滅させなければなりません。織田兵がそれをするとあまりにも損害が大きいからです。
結局、NさんJさんも私に対する嫌がらせを強要されたようです。神経戦争のような下品なことは裏切り者にさせろということでしょうか。年が明けた2月ごろ「もう駄目だ。」家に帰っても動悸が止まず、いつも早足で歩かないとおさまらない時間帯が毎夜ありました。社宅の階段を上ったり下ったり身体に運動負荷をかけるような意味のないことをするようになりました。神経科のコンサルティングを受け安定剤を処方してもらいました。最初に医師に面会した時、あまりにつらいので「入院させて下さい」と言うとあなたは自分がおかしいと思いますかと聞かれた。以前はこんな精神状態でなかったのは確かですから現在の自分は異常です。治療のために入院を希望します。先生曰く「あなたは入院する資格はありません。なぜなら自分が異常と認識しているからです。入院するほど悪い人は全員自分は正常であると思っています。そして宇宙人に監視されているとか根拠のない意味不明のことを主張するのが入院する人の症状です。」「病院のベットはあなたより症状の重い人のために空けていなければなりません。あなたは通院対象です。」そんなわけで精神安定剤の服用が始まったのです。
 そしてこの調子でここにいれば、さらに悪くなり転勤した方が自分のためと思うようになりました。
私は当時コンピュ-タ-の研修を受けるにあたって他の人より長い長期の簡単な試験のある研修を受けていました。それで一か所で最低2年勤めた後、希望すれば一度だけ転勤させてくれるという特権がありました。それをつてを頼って上部機関の研修の先輩にお願いして3月まで我慢すれば転勤できるようになりました。そして3月に神経がボロボロになって転勤の挨拶をして明日からは10Km離れた新しいビルの勤務地という時にJさんが話しかけてきました。「秋以降特にあなたと仲がよかった友人が○○君をいじめたが、すべてスパイHの差し金でみんな自分が苛められないために嫌々やっていたから悪く思わないでくれ」私は返事をしないで出口のドアを閉めました。

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