2007年11月17日土曜日

ケヤキの落葉のリサイクル(おいしい物を食べたい)

家庭菜園の土、今年おいしいサトイモありがとう
来年もよろしく

 魯山人もしなかった創作料理方法、自分で野菜を作り料理する。テレビで見た限りでは、魯山人は材料にこだわったようです。メロンのような匂いのする由良川水系美山川の鮎を取り寄せたり、仕入れ素材を厳選したそうです。厳選、あくまで他人が育てた野菜、釣った魚を厳選したのです。自分で野菜を作ったり素材を取ってきたりはしなかった。これをすれば、おいしい物を食べたい姿勢としては、魯山人を超えたのではないでしょうか。多くの食通をうならしたという魯山人は、おいしい食材を見分け、最高のものを選ぶ能力があったのでしょう。しかし確かなことは他人のを厳選すれば所詮それ以上のものを選べないという事実です。自分で栽培すれば日本一の野菜を作る可能性はあります。農業は奥が深い。
 たとえば子どもを有名大学に入学されるを生きがいにしている方がおられたとする。ある人は小学校低学年の成績などでもともと有名大学入試を突破できそうなお子さんを厳選して、自分の塾に入れ有名大学入学者数を誇示して、塾の宣伝に利用する。またある人は、奥さんが妊娠した時から子どもを有名大学入学を人生目標とする。いやもっと前から有名大学には入れそうな子どもを生めそうな男性女性を配偶者とする方もおられるかもしれません。赤ん坊から塾入学まで育てる、親としての責任を楽しむという自分の関わりがより多くなります。妊娠した時点でどのような能力を持っているのか不明なのです。どちらが成功の楽しみが大きいか結論は不要でしょう。他人が作った野菜を選ぶのと、土から育て自分で栽培した野菜も同じようなものでしょう。自分で育てた野菜は失敗したり、特別おいしくなくともかわいいのかまずくはありません。親の期待に背いたできの悪い子がかわいいのと同じです。
 よく料理はしゃれたレストランでバックグランドミュージックを聞きながら、盛り合わせ料理を入れる器が合っていればおいしくなるとか聞きます。魯山人も器、食器を備前焼にすれば料理がおいしくなることに気がつき、自分で料理に出す食器を窯で焼いたそうです。現在のところ私には食器を料理に合ったものにすればおいしくなるというのがどうしても理解できません。京都に出かけもっと本格的な京料理の場数を踏めば到達できる境地なのでしょう。第一影法師は、音楽や焼き物のすばらしさがわからないのです。備前焼急須を愛用しているのは備前焼の肌が好きなのではなく、備前焼急須がお茶をおいしくする機能を愛用しているのです。
 自分が食べる野菜を自分で作るのは、田舎の農家では普通のことです。しかし堆肥まで仕込むことはしないはずです。その理由は野菜を買う費用をかけたくないというのが最大の動機だからです。せいぜい化学肥料を与え冬に一度耕し、春の植え付けでもう一度耕す。農家が自分が食べる野菜は、その程度です。私はよりおいしい物を食べたいために手間コストを度外視して土を作っているのです。肥料は油粕の醗酵したものなどすべて有機肥料です。疑えば生育のため少しは化学肥料を混入させているかもしれません。このケヤキの落葉は紛れもなく100%有機肥料です。確信がもてないのは、購入した肥料は他人が作った肥料を選んだもの、落葉は自分が作ろうとしている肥料の差なのです。来年は可能なら芋によいとか言う松葉の落葉を集めようかと考えています。
 環境保護リサイクルなんて格好のよい名前をタイトルに付けていますが、動機はあくまで「おいしい物を食べたい」不純なものです。結果的には公園の落葉は地域ボランティアの方で集められ、お役所のお金でゴミとして焼却されます。CO2は出るは償却コストはかかるは、それを考えると少しは環境保護になっているのは間違いない。
しかし糖尿病になったのでは話にならないか。まだサトイモを食べてはいけないと主治医に禁止されているのではないし、まあいいか。

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